🏠 ホーム📰 最新ニュースプロレス総合闘魂列伝黒船列伝女傑列伝軍団列伝技図鑑サラリーマン資産形成節約・固定費🔍 記事を検索
【闘魂列伝㉚】天山広吉|35年、両国で歩いた花道
— 闘魂列伝 —

【闘魂列伝㉚】天山広吉|35年、両国で歩いた花道

USSIBLOG

※本記事はプロモーションを含みます

📰 【2026年8月15日 追記】天山広吉さんは、両国国技館で35年のキャリアに幕を下ろしました。観衆7,777人・超満員札止め。相手は盟友・小島聡選手。5分1本勝負として発表されていた最後の一戦は「時間無制限1本勝負」に変わり、9分22秒、小島選手のラリアットで決着しました。
この日のことは→天山広吉さん、ありがとうございました|35年の花道/視聴方法は→引退試合まとめ

こんにちは、営業部長のウッシです。

闘魂列伝、第30弾は天山広吉さん。2026年8月15日、35年のキャリアに自ら幕を引いた”猛牛”です。

正直に言うと、この記事はずっと「いつか書くもの」の棚にありました。それを書いたのは、引退が決まったからではありません。引退試合の相手に、自分がデビュー戦の相手を務めた同期を選んだ——その選び方に、この人の35年が全部詰まっていると思ったからです。

そして引退した今、この記事を最後まで書き直しました。結末まで含めて、一本の記録として残しておきたかったからです。

🐄(ウッシ小声:モンゴリアンチョップのリズムに合わせた「テンザン」コール、初めて聞いた人は必ず釣られます。あれはもう会場の楽器です)

📌 技だけを先に知りたい方は 天山広吉さんの技一覧・必殺技 へ。モンゴリアンチョップからアナコンダバイスまで8+1で一覧にしています。

📋 天山広吉さん プロフィール

項目内容
リングネーム天山広吉さん(てんざん・ひろよし)
出身・生年月日京都府京都市/1971年3月23日
所属新日本プロレス
デビュー1991年1月11日
主な実績IWGPヘビー級王座4度戴冠/G1 CLIMAX優勝3回(2003・2004・2006)
代名詞モンゴリアンチョップ/アナコンダバイス/ムーンサルトプレス
引退2026年8月15日・両国国技館(相手は小島聡選手)
★★★★★ 闘魂列伝 VOL.30
天山広吉
"猛牛" / モンゴリアンチョップの継承者
👁 見た目
がっしりとした胸板に、トレードマークの顎ひげと逆立てた髪。入場からすでに「重量級の圧」があり、コーナーに相手を詰めてのモンゴリアンチョップ連打が始まると、会場全体が「テンザン」コールで揺れる。若手時代の海外修行で鍛えた基礎の上に、力任せに見えて実は丁寧な攻めを積む——見た目の猛々しさと中身の几帳面さが同居した、昭和と平成をつなぐ本格派の体格。
⚔️ STATUS※プロレス30年・ウッシの独断評価
🥊 パワー9
⚡ スピード6
🎯 テクニック8
🔋 スタミナ9
😈 ヒール度6
👑 カリスマ8
🥋 得意技
モンゴリアンチョップ アナコンダバイス ムーンサルトプレス TTD ダイビングヘッドバット
👑 主な足跡
2003G1 CLIMAX 初優勝決勝でアナコンダバイスを初披露し秋山準選手からギブアップ
2004G1 CLIMAX 連覇大会史に残る2連覇
2006G1 CLIMAX 3度目の優勝決勝の相手は小島聡選手。「G1の男」を決定づけた
💥 必殺技
アナコンダバイス
相手の片腕を逆V字に折り、その隙間に自分の腕を通してクラッチし、肘・肩・首を同時に締め上げる複合サブミッション。海外遠征での肉体改造を経て編み出し、2003年のG1決勝で初披露して初優勝をもたらした。現在はYOH選手ら次世代にも受け継がれている。
📚 もっと深く知る・観るPR
"猛牛"の35年は、書籍・映像でいつでも追体験できます。

本人たちが表紙の一冊も出ています。第三世代4人が自ら語った『リングの記憶』——テンコジの物語を当事者の言葉で読めます。


|年表 |年表。1991年1月11日=山本広吉として/2003年=G1決勝、アナコンダバイスの初披露/2026年8月15日=最後の相手は、最初の相手 |年表 1991年1月11日 山本広吉として 2003年 G1決勝、アナコンダバイスの初披露 2026年8月15日 最後の相手は、最初の相手

🌱 1991年1月11日——「山本広吉」として

天山広吉さんのデビューは1991年1月11日。当時のリングネームは本名の山本広吉でした。

ここでひとつ、プロレス史に残る巡り合わせがあります。同じ1991年に入門してきた同期の新弟子・小島聡選手のデビュー戦(1991年7月16日)の相手を務めたのが、山本広吉——つまり天山さん本人なのです。

小島選手のキャリア1日目に向かい合った二人が、天山さんのキャリア最終日にもう一度向かい合った。8月15日の両国のカードは、偶然ではなく、この日から始まっていた物語の結びでした。

😈 軍団の時代——nWo JAPAN、そしてTEAM 2000

海外修行を経て凱旋した天山さんは、90年代後半の新日本を席巻したnWo JAPAN、続いて蝶野正洋さん率いるTEAM 2000の中核として、ヒールターンした時代の新日本を支えました(この軍団史はTEAM 2000の記事に詳しくまとめています)。

このヒール時代に武器として磨かれたのが、キラー・カーンさんの映像から自分の技として取り込んだモンゴリアンチョップです。両手を大きく開いて交互に振り下ろす独特のリズムは、いつしか会場の「テンザン」コールと一体になり、憎まれ役の技のはずが、いちばん愛される見せ場になっていきました。

🐄(ウッシ小声:ヒールの技が観客の合いの手つきになる——プロレスにしか起きない現象です。営業で言えば、クレーム対応が名物になって指名が来るようなもの)

👑 2003年——G1決勝、アナコンダバイスの初披露

天山さんのキャリアのハイライトは、なんといってもG1 CLIMAXです。

何度も優勝候補に挙げられながら、あと一歩で届かない年が続きました。転機は海外——カルガリーでの肉体改造です。そこで編み出した新技を引っ提げて臨んだ2003年のG1決勝で、天山さんはその技を初披露します。アナコンダバイス。秋山準選手からギブアップを奪い、悲願の初優勝を果たしました。

新技を「隠して、決勝で、初めて出す」。しかもそれで獲る。プロレスの物語性が凝縮された優勝劇でした(技の構造はアナコンダバイスの図解記事でどうぞ)。

そこから2004年に連覇、2006年に3度目の優勝——しかもこの2006年の決勝の相手こそ、小島聡選手でした。IWGPヘビー級王座も通算4度戴冠し、2000年代の新日本のトップ戦線を走り続けました。

🤝 テンコジ——組んでは離れ、離れては組んだ30年

そして天山さんを語るのに欠かせないのが、小島聡選手との「テンコジ」です。

同期の二人はタッグとしてIWGPタッグ戦線を沸かせ、その後、小島選手は2002年に新日本を離れて全日本プロレスへ。道が分かれた二人が再び正面から向かい合ったのが、2005年2月20日・両国国技館——IWGPヘビー級王者・天山広吉さん vs 三冠ヘビー級王者・小島聡選手という、両団体の頂点をぶつけ合う史上初の”四冠統一戦”(ダブルタイトルマッチ)でした。

結果は小島選手の勝利。天山さんはIWGPヘビー級王座を失い、小島選手は史上初の”四冠王”(三冠の3本+IWGPの計4本)になりました。それでも——この試合があったから「テンコジ」は伝説になったのだと、ウッシは思っています。相方に負ける悔しさは、他人に負ける悔しさの何倍も重い。その重さごと、二人は後に再びタッグを組み、2006年の世界最強タッグ決定リーグ戦で優勝しています。

組んでは離れ、ぶつかり、また組む。30年かけて「盟友」という言葉を本物にした関係です。

🩹 満身創痍の晩年と、「継承」の物語

2010年代以降の天山さんは、首や膝の状態と付き合いながらのキャリアでした。それでもリングに立ち続け、若い選手の壁であり続けました。

そして技の継承が始まります。モンゴリアンチョップは2018年、のちのグレート-O-カーン選手(当時・岡倫之選手)が本人の許可を得て継承。2021年には「敗者モンゴリアンチョップ封印マッチ」という技をめぐる争いまで起き、天山さんは敗れて一度は代名詞を失いますが、翌月「真モンゴリアン・チョップ」として自分の型を取り戻しました(この顛末はモンゴリアンチョップの記事に詳しく書いています)。

アナコンダバイスもYOH選手ら次の世代が使い始めています。技が生き続けるということは、レスラーが生き続けるということ。天山さんは引退しても、両国の会場でモンゴリアンチョップの音は鳴り続けます。

🏔 2026年8月15日——最後の相手は、最初の相手

2026年5月11日、天山さんは引退を表明。そして7月18日、G1国内初戦の会場で、引退試合の相手を自ら発表しました。

小島聡選手。

大会名は「G1 CLIMAX 36 〜天山広吉引退〜」。G1優勝3回の男が、G1のさなかの両国で、デビュー戦から35年向かい合ってきた盟友と、最後のシングルマッチ。チケットは完売でした。

5分1本勝負が、時間無制限に変わった

当日、両国国技館は7,777人・超満員札止め。両国でこの札止めが出るのは2017年8月以来、9年ぶりだと報じられています。

そしてこの試合には、書き残しておくべきことがあります。

発表されていたルールは「5分1本勝負」でした。55歳の体と、35年ぶんの首と膝を思えば、誰も文句を言わない設定です。

ところが新日本プロレス公式の試合結果に残っている表記は、こうなっています。

「第8試合 時間無制限1本勝負」。

決着は9分22秒。5分では終わらなかった——正確に言えば、二人が終わらせなかった。周りが用意した優しい枠を、当人たちが自分で外して、倍近い時間を戦い切りました。

決まり手はラリアット、片エビ固め。小島聡選手の、あの右腕です。

天山さんは、負けて引退しました。

でも、これでよかったんだと思います。もし勝って終わっていたら、それは「花道」であって「試合」ではありませんでした。小島選手は最後の最後まで手を抜かず、自分の代名詞で終わらせにいった。手加減されないことが、レスラーにとって最大の敬意だからです。

この日の解説には蝶野正洋さんが入っていました。TEAM 2000で天山さんを軍団の中核に据えた人です。リングサイドには中邑真輔選手・オカダ・カズチカ選手・高橋ヒロム選手をはじめ、各方面から労いの花束が届いたと報じられています。

さらに大会中、会場のビジョンに「AIアントニオ猪木」が登場しました。新日本プロレス公式サイトに全文が掲載されているメッセージには、こうあります。

天山も引退か……。これまでよく頑張ったな、ご苦労さん。

🐄(ウッシ小声:この一行を読んだとき、35年って本当に長いんだなと思いました)

会場に行けなかった人向けの視聴方法は引退試合の記事に、この日への感謝は天山広吉さん、ありがとうございましたにまとめています。

🐄 ウッシ視点:営業部長が天山広吉さんから持ち帰った3つのこと

① 「あと一歩」を諦めなかった人が、3回優勝する

G1で何年も跳ね返され続けて、それでも挑み、肉体改造までして獲った初優勝。しかも獲ったら連覇。届かない期間の長さは、届いたときの高さになる——営業の大型案件も同じです。

② 受け継いだものは、自分の型にして返す

モンゴリアンチョップはキラー・カーンさんの技。先輩に勧められて映像から取り込んだ技を、自分の代名詞にまで育てて、今度はグレート-O-カーン選手に直接手渡した。受け取り方は映像越しでも、渡し方は手渡し。仕事の理想形だと思います。

③ 締めくくりの相手を選べる人生は、積み重ねた人生だけ

最後の相手に「一番最初の相手」を選べるのは、35年間関係を切らさなかったからです。キャリアの終わりに誰と握手したいか——そこから逆算して働くのも、悪くない。

📺 天山広吉さんの試合を観るには

新日本プロレスの試合は公式配信サービスNJPW WORLD(月額1,298円・Webブラウザ登録の場合)で観られます。過去のG1のアーカイブも豊富なので、2003年の決勝から追いかけ直すのがおすすめです。配信サービス全体の比較はプロレス配信サービス比較【2026年版】へ。

👇 2026年8月15日で現役を終えた35年は、映像と書籍で手元に残せます

📀 天山広吉さんを映像・書籍で観るPR
G1三度制覇やテンコジの名勝負を収めた映像作品と、天山さんの関連書籍。

新日本プロレスワールド(月額1,298円〜)には2003年のG1決勝も8.15両国も残っています。中身は新日本プロレスワールドは契約すべき?月額1,298円〜・50年アーカイブ完全解説で解説しました。

📖 この話が面白かったなら、次はこれ
天山広吉さんの名言15選|35年の言葉と出典【8.15引退】

35年の言葉を出典つきで

❓ よくある質問

Q. 天山広吉さんのデビューはいつですか?

A. 1991年1月11日です。当時は本名の山本広吉として戦っていました。

Q. 天山広吉さんのG1 CLIMAX優勝は何回ですか?

A. 3回です(2003年・2004年・2006年)。2003年の決勝ではアナコンダバイスを初披露し、秋山準選手からギブアップを奪って初優勝しました。

Q. 天山広吉さんの引退試合はいつですか?

A. 2026年8月15日(土)、両国国技館で行われました。相手は盟友・小島聡選手。5分1本勝負として発表されていましたが、実際は時間無制限1本勝負となり、9分22秒、小島選手のラリアットで決着しています。詳しくは引退試合まとめをどうぞ。

Q. モンゴリアンチョップは誰が受け継ぐのですか?

A. 2018年に、のちのグレート-O-カーン選手(当時・岡倫之選手)が本人の許可を得て継承しています。天山さん自身も、2021年の封印マッチを経て「真モンゴリアン・チョップ」として使い続けてきました。

📝 まとめ:天山広吉さんは「受け継ぎ、獲り、渡した人」

  • 1991年1月11日デビュー。同期・小島聡選手のデビュー戦の相手でもあった
  • nWo JAPAN・TEAM 2000の中核として90年代後半のヒール時代を支えた
  • 2003年G1決勝でアナコンダバイスを初披露して初優勝。通算3度制覇・IWGPヘビー4度戴冠
  • 2005年2月20日、小島選手との史上初の四冠統一戦(IWGP&三冠)——敗れてなお、テンコジの物語を伝説にした
  • モンゴリアンチョップとアナコンダバイスを次世代へ渡し、2026年8月15日・両国で35年の花道最後の一戦は5分1本勝負から時間無制限に変わり、9分22秒・小島選手のラリアットで決着した

闘魂で、人生を叩き上げろ。マイペースにいきましょう🐄

🔗 あわせて読みたい

📚 参考・出典(7件)

※本記事は2026年8月2日に公開し、引退試合を終えた2026年8月15日に全面的に加筆・修正しました。記録・肩書は当時のものです。


─ 産地と現場の仲間へ ─

🤝 令和8年 熊本地震 災害応援寄附

プロレスは「立ち上がる姿」を見せてくれる競技です。いまリングの外で立ち上がろうとしている方たちへ。このリンクにアフィリエイトは付けていません——紹介料は1円も受け取りません。

熊本県への寄附(返礼品なし・1,000円〜)→ 八代市への寄附 →