【闘魂列伝㉛】小島聡|"剛腕"ラリアットと「いっちゃうぞ、バカヤロー!」、盟友の最後の相手を務める男
※本記事はプロモーションを含みます
こんにちは、営業部長のウッシです。
闘魂列伝、第31弾は小島聡選手。前回の天山広吉さんと対になる、盟友側の物語です。
天山さんの記事を書き終えたとき、これは片方だけでは終われないと思いました。デビュー戦で向かい合い、タッグで頂点を獲り、団体の壁を越えてぶつかり、35年後の引退試合でもう一度向かい合う——「テンコジ」は二人で一つの物語だからです。
そしてもう一つ。小島聡選手は、会社員からプロレスラーになった人です。サラリーマンの端くれとして、この人の記事を書かない理由がありません。
🐄(ウッシ小声:つまり小島選手は「脱サラ→トップ選手」という、転職市場で言えば最強クラスの実績の持ち主です。履歴書に「三冠とIWGP同時保持」って書ける人、他にいません)
📋 小島聡選手 プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| リングネーム | 小島聡(こじま・さとし) |
| 出身・生年月日 | 東京都江東区/1970年9月14日 |
| 所属 | 新日本プロレス |
| デビュー | 1991年7月16日(相手は山本広吉=現・天山広吉さん) |
| 主な実績 | 史上初の”四冠王”=IWGPヘビー&三冠ヘビー同時保持(2005年)/G1 CLIMAX優勝(2010年) |
| 代名詞 | ラリアット/「いっちゃうぞ、バカヤロー!」/コジコジカッター |
| 2026年8月15日 | 両国国技館で天山広吉さんの引退試合の相手を務める |
本人たちが表紙の一冊も出ています。第三世代4人が自ら語った『リングの記憶』——小島選手自身の言葉でテンコジを読めます。
🏢 会社員、リングに立つ——1991年7月16日
小島聡選手の経歴は、プロレスラーとしてはかなり珍しいものです。高校卒業後に就職し、会社員生活(約3年と伝えられます)を経て、1991年2月に新日本プロレスに入門しました。
安定を捨てて、体ひとつの世界に飛び込む。しかも当時の新日本の道場といえば、練習の厳しさで知られた場所です。「好きなことを仕事にしたい」を実行に移した人の中でも、振り幅は最大級だと思います。
そして入門からわずか5か月後の1991年7月16日、デビュー戦。相手を務めたのは、同じ年の1月にデビューしたばかりの山本広吉——のちの天山広吉さんでした。
このデビュー戦から35年。二人はタッグを組み、離れ、ぶつかり、また組みました。そして2026年8月15日、天山さんの引退試合で、小島選手はもう一度、正面に立ちました。キャリアの1日目の相手が、キャリアの最終日の相手になる。プロレス史でも他に思い当たらない巡り合わせです。
🐄(ウッシ小声:私も営業1年目の初訪問先を覚えていますが、あの会社と19年後にもう一度大型商談をやれと言われたら、緊張で前の晩眠れない自信があります)
✈️ 2002年——武藤敬司さんらと全日本プロレスへ
若手時代からパワーファイトで頭角を現した小島選手は、テンコジタッグでIWGPタッグ戦線を沸かせたのち、2002年、プロレス界を揺るがす大移籍の当事者になります。武藤敬司さんらとともに新日本プロレスを離れ、全日本プロレスへ移籍したのです。
新日本の生え抜きが、四天王時代の残り香がある全日本へ。外様として認められるには、結果で示すしかありません。小島選手は全日本のリングで着実に地位を築き、2005年2月、川田利明さんを破って三冠ヘビー級王座を戴冠します。
一方その頃、新日本のIWGPヘビー級王座を巻いていたのは——天山広吉さんでした。
👑 2005年2月20日——史上初のダブルタイトル戦、盟友を超えた日
そして役者が揃いました。2005年2月20日・両国国技館。IWGPヘビー級王者・天山広吉さん vs 三冠ヘビー級王者・小島聡選手。新日本と全日本、両団体の至宝を懸けた史上初の”四冠統一戦”(ダブルタイトルマッチ)です。
勝ったのは、小島選手でした。三冠の3本にIWGPを加えた計4本——史上初の”四冠王”の誕生です。2大メジャー団体の頂点のベルトを同時に一人で保持した男は、後にも先にも小島選手だけです。
ただ、この試合をウッシが好きなのは「史上初」だからではありません。相手が天山さんだったからです。デビュー戦で向かい合った同期を、14年後に団体の壁越しに超えていく。盟友だからこそ、超える瞬間がいちばん重い。詳しい経緯は天山さん側の記事にも書きましたが、この一戦があったから「テンコジ」はただの人気タッグではなく、伝説になったのだと思っています。
🐄(ウッシ小声:同期に負けるのって、上司に叱られるより効くんですよね。私は同期がひと足先に課長になった夜、無言でコンビニの唐揚げを2袋買いました)
🤝 2006年——テンコジ復活、最強タッグ優勝
ぶつかり合った二人は、翌2006年、再びタッグを組みます。復活した「テンコジ」は全日本の世界最強タッグ決定リーグ戦で優勝。離れても、ぶつかっても、組めば頂点。この振れ幅の大きさこそ、テンコジが30年愛され続けた理由です。
💪 2010年——フリーの身で、夏の祭典を獲る
小島選手のシングルのハイライトがもう一つあります。2010年のG1 CLIMAX優勝です。
このとき小島選手は新日本の所属ではなく、全日本を退団したフリーの立場での参戦でした。アウェーの立場で新日本の看板選手たちを剛腕でなぎ倒し、決勝では棚橋弘至さんを破って制覇。新日本所属外の選手としては史上初のG1優勝です。さらに同年10月11日には真壁刀義選手からIWGPヘビー級王座も奪取し、「どの団体のリングでも頂点を獲れる男」であることを証明しました。そして2011年9月、神戸大会のリング上で新日本への再入団を発表。天山さん・永田裕志選手・中西学さんと共に「第三世代」として新日本の屋台骨を支え続けます。
🎥 剛腕ラリアットを公式動画で
小島選手のラリアットは、新日本プロレス公式の「技図鑑」で本人の解説つきで観られます。
📺 公式「技図鑑」ラリアット(小島聡選手)(新日本プロレス公式)
ラリアットという技そのものの歴史と系譜はラリアットのやり方【図解】にまとめています。スタン・ハンセンさんから続く王道の技を、平成・令和で最も太く受け継いだのが小島選手です。
🍞 「いっちゃうぞ、バカヤロー!」とパンの人
小島選手を語るうえで、強さと同じくらい欠かせないのが人柄です。
ダイビングエルボーの前にコーナー上から放つ「いっちゃうぞ、バカヤロー!」は、会場全体が一緒に叫ぶ名物の掛け声。荒っぽい言葉なのに、なぜか温かい。それはファンが、この人の素顔を知っているからです。
SNSでは大のパン好きとして知られ、パンへの愛を英語で発信して海外ファンにまで愛されるという、剛腕のイメージからは想像できない一面も持っています。強面の決め技と、ゆるふわの日常。このギャップ込みで「コジ」なのです。
🐄(ウッシ小声:営業の世界でも、商談は鬼だけど昼はいつも同じパン屋のカレーパン、みたいな人が結局いちばん愛されます。人間、ギャップです)
🏔 2026年8月15日——盟友の花道で、正面に立つ
2026年7月18日、天山広吉さんは自身の引退試合の相手として、小島聡選手を指名しました。8月15日・両国国技館「G1 CLIMAX 36 〜天山広吉引退〜」。5分1本勝負として発表されましたが、当日は時間無制限1本勝負に変更されました。チケットは完売、当日は観衆7,777人の超満員札止めでした。
引退試合の相手に選ばれるということは、「35年間のいちばん濃い部分は、お前との時間だった」と言われるということです。デビュー戦で向かい合い、超え、超えられ、組んで頂点を獲った相手からの最後の指名——これ以上の栄誉はプロレスにはなかなかありません。
観戦・視聴の方法も含めた大会の詳細は天山広吉さんの引退試合まとめへ。
🐄 ウッシ視点:営業部長が小島聡選手から持ち帰った3つのこと
① 安定を降りた人の「本気」は誰にも止められない
会社員を辞めてプロレスラーになり、2団体の頂点を同時に獲った。退路を断った人の集中力は、才能より強い。私も年収280万の頃、転職先に自分から500万を提示しました。通らなければ家業をやる覚悟でした。規模は違えど、あの理屈は本物です。
② アウェーで獲ったものだけが、実力と呼ばれる
全日本での三冠も、外敵としてのG1優勝も、全部アウェーでの戴冠です。ホームで褒められるのは人気、アウェーで認められるのが実力。出向先で結果を出す人が最強なのは、会社も同じです。
③ ライバルの引退試合に呼ばれる人間関係を作る
35年、ぶつかっても切れなかった関係だけが、最後の花道に呼ばれます。目先の勝ち負けで縁を切らない。キャリアの最後に効いてくるのは、結局これだと思います。
📺 小島聡選手の試合を観るには
新日本プロレスの試合は公式配信サービスNJPW WORLD(月額1,298円・Webブラウザ登録の場合)で観られます。8月15日の両国大会、そして過去のテンコジの名勝負のアーカイブもここで。配信サービス全体の比較はプロレス配信サービス比較【2026年版】へどうぞ。
👇 加入月は基本料・視聴料ともに0円。小島聡選手がいまも上がる新日本プロレスの大会中継は、スカパー!のテレ朝チャンネル2で観られます。
視聴料が最大3ヶ月半額になるのは2026年10月31日の申込分までです(初めて加入する方限定・基本料429円は割引対象外/2026年9月時点)。チャンネルと料金の選び方はスカパーのプロレスはテレ朝ch2かサムライ|料金と選び方で整理しています。
❓ よくある質問
Q. 小島聡選手のデビュー戦の相手は誰ですか?
A. 1991年7月16日、当時「山本広吉」だった天山広吉さんです。その天山さんの2026年8月15日の引退試合で、小島選手が最後の相手を務めました(9分22秒・ラリアットで小島選手の勝利)。
Q. 小島聡選手の史上初の記録とは何ですか?
A. 2005年2月20日・両国国技館で、IWGPヘビー級王者の天山広吉さんを三冠ヘビー級王者として破り、史上初の”四冠王”(三冠3本+IWGPの同時保持)になったことです。
Q. 「いっちゃうぞ、バカヤロー!」とは何ですか?
A. 小島選手がダイビングエルボードロップの前にコーナー上から叫ぶ名物の掛け声です。会場のファンも一緒に叫ぶ、試合の見せ場になっています。
Q. テンコジとは何ですか?
A. 天山広吉さんと小島聡選手の同期タッグの愛称です。新日本と全日本でタッグ王座を獲得し、2006年には世界最強タッグ決定リーグ戦でも優勝しています。
📝 まとめ:小島聡選手は「アウェーで頂点を獲り続けた剛腕」
- 会社員生活(約3年と伝えられます)を経て1991年2月に入門し、同年7月16日に天山広吉さん(当時・山本広吉)を相手にデビュー
- 2002年に武藤敬司さんらと全日本プロレスへ移籍し、2005年2月に川田利明さんを破り三冠ヘビー級王座を戴冠
- 2005年2月20日、天山さんとの史上初の四冠統一戦を制し、史上初の”四冠王”に
- 2006年にテンコジ復活で世界最強タッグ優勝、2010年にはフリーの立場でG1 CLIMAX制覇(決勝の相手は棚橋弘至さん)
- 2026年8月15日・両国国技館で、盟友・天山広吉さんの引退試合の相手を務める
闘魂で、人生を叩き上げろ。マイペースにいきましょう🐄
🔗 あわせて読みたい
-
🐄 天山広吉さんの引退試合を生中継で観る方法|8.15両国G1 ── テレビ生中継とネット配信の全比較
-
【闘魂列伝㉚】天山広吉さん ── 盟友側の物語
-
テンコジカッターとは?やり方を構造から分解 ── コジコジ・カッターが合体技になった技
-
【闘魂列伝㉕】永田裕志選手 ── 同じ第三世代の盟友
-
【闘魂列伝⑯】中西学さん ── 第三世代の野人
-
プロレス技 一覧【イラスト図解】主要49技 ── ラリアットからカッター系まで、技の全体地図
📚 参考・出典(5件)
- 新日本プロレス公式:小島聡 選手プロフィール
- 新日本プロレス公式X:8月15日両国国技館 “天山広吉引退試合”の対戦カード
- 週刊プロレス(BBM):猛牛の脱水症状で明暗…小島聡が天山広吉さんとの史上初のIWGP&三冠ダブルタイトル戦を制す
- 東スポWEB(Yahoo!ニュース):天山広吉さんの引退試合が決定 盟友・小島聡と最後のシングルマッチ
- Wikipedia:小島聡
※本記事は2026年8月2日時点の公表情報にもとづいています。記録・肩書は当時のものです。
─ 産地と現場の仲間へ ─
🤝 令和8年 熊本地震 災害応援寄附
プロレスは「立ち上がる姿」を見せてくれる競技です。いまリングの外で立ち上がろうとしている方たちへ。このリンクにアフィリエイトは付けていません——紹介料は1円も受け取りません。
熊本県への寄附(返礼品なし・1,000円〜)→ 八代市への寄附 →