🏠 ホーム
🤼 プロレス
📰 最新ニュースプロレス総合闘魂列伝黒船列伝女傑列伝軍団列伝技図鑑
📝 雑記コーナー
サラリーマン資産形成節約・固定費副業趣味 🔍 記事を検索
柴田勝頼|現在はAEW所属、ザ・レスラーの歩み【闘魂列伝㊶】
— 闘魂列伝 —

柴田勝頼|現在はAEW所属、ザ・レスラーの歩み【闘魂列伝㊶】

USSIBLOG

※本記事はプロモーションを含みます

「柴田勝頼って、いまどこで試合をしているの?」 「2017年のあの試合のあと、もうリングには戻れないと思っていた」

柴田勝頼選手は現在、米国のプロレス団体AEWの所属です。サモア・ジョー選手が率いるユニット「THE OPPS」の一員で、2026年9月26日にもAEWの大会で試合をしています。

闘魂列伝シリーズ第41弾は、一度はリングを離れ、4年9か月かけて戻ってきた現役選手の話です。

🦵 3行でわかる柴田勝頼選手
  • 現在:AEW所属・「THE OPPS」の一員。2026年10月9日時点でAEW公式の選手一覧に名前があり、9月26日の「ALL OUT」でも試合をした
  • 引退はしていない:2017年4月9日の試合後に急性硬膜下血腫と診断され、長期欠場。2022年1月4日の東京ドームで約4年9か月ぶりに復帰した(東スポWEB)
  • AEWでの実績:2025年4月16日にAEW世界トリオ王座を獲り、273日保持。2026年1月17日に失っている

🐄(ウッシ小声:46歳の現役なので、この記事では「柴田選手」で通します。引退した人の話ではありません)

この記事でわかること

  • 現在の所属と、2026年の試合
  • デビューから退団、新日本へ戻るまで
  • 2017年4月9日の両国(報道された範囲)
  • 復帰までの4年9か月と、AEWを選んだ理由
📚 柴田勝頼選手を本人の言葉で読むPR
同級生 魂のプロレス青春録の表紙
後藤洋央紀選手と柴田勝頼選手の共著です(辰巳出版・2014年12月)。
価格・在庫は変動します。リンク先でご確認ください。

📋 柴田勝頼選手 プロフィール

項目内容
名前柴田勝頼(しばた かつより)
生年月日1979年11月17日(2026年10月時点で46歳)
出身三重県桑名市
身長/体重183cm/95kg(東スポWEB)
家族父は新日本プロレスのレスラー、レフェリーだった柴田勝久さん
高校三重県立桑名工業高校レスリング部。同級生に後藤洋央紀選手
デビュー1999年10月10日・後楽園ホール。相手は井上亘さん
主なタイトルIWGPタッグ王座/NEVER無差別級王座/NEW JAPAN CUP優勝(2017年)/ROHピュア王座/AEW世界トリオ王座
得意技PK/スリーパーホールド/串刺しドロップキック/卍固め
現在AEW所属(ユニット:THE OPPS)
★★★★★ 闘魂列伝 VOL.41
柴田勝頼選手
ザ・レスラー / 戻ってきた男
👁 見た目
183cm・95kg。東スポWEBが「代名詞」と書く黒のショートタイツで、リングの上であぐらをかくポーズが得意。2024年3月のブライアン・ダニエルソン選手戦は、両者が一度もロープに飛ばないまま名勝負になったと報じられている。
⚔️ STATUS※プロレス30年・ウッシの独断評価
🥊 パワー7
⚡ スピード7
🎯 テクニック9
🔋 スタミナ8
😤 意地10
👑 打撃10
🥋 得意技
PK スリーパーホールド 串刺しドロップキック 卍固め
👑 主な足跡
1999デビュー10月10日・後楽園ホール。棚橋弘至さんと同じ日
2005新日本を退団2007年からは総合格闘技のリングへ
2015IWGPタッグ王座1月4日・東京ドーム。後藤洋央紀選手と。初めてのベルト
2016NEVER無差別級王座1月4日・東京ドーム。石井智宏選手から奪取
2017NEW JAPAN CUP優勝3月20日・アオーレ長岡。4月9日にIWGPヘビー級王座へ挑戦
2022復帰1月4日・東京ドーム。成田蓮選手にPKで勝利
2023ROHピュア王座3月31日・ロサンゼルス。12月にAEWと契約
2025AEW世界トリオ王座4月16日。サモア・ジョー選手、パワーハウス・ホブス選手と
💥 必殺技
PK
走り込んで相手を蹴り抜くサッカーボールキック。デイリースポーツは「スリーパーホールドからのサッカーボールキックのPK」を柴田選手の「必勝パターン」と書いている。2022年1月4日の復帰戦も、最後はこの流れだった。

🇺🇸 現在:AEW所属、「THE OPPS」の一員

柴田選手は2023年12月にAEWと契約しました。2025年2月には、サモア・ジョー選手、フック選手とのユニット「THE OPPS」が正式に発進しています。

2026年に入ってからの主な試合は、次のとおりです(日付は現地の開催・放送日)。

日付大会結果出典
1月17日COLLISIONAEW世界トリオ王座から陥落。保持は273日東スポWEB
5月20日DYNAMITE&COLLISIONウィル・オスプレイ選手に敗れる東スポWEB
7月11日COLLISIONバンディード選手のROH世界王座に挑み、敗れるAEW公式
8月15日COLLISIONコンチネンタル・チャレンジ・カップ1回戦でナイジェル・マッギネス選手に敗退東スポWEB
9月7日TAKAYAMANIA EMPIRE5(後楽園ホール)KENTA選手とのタッグで勝利東スポWEB
9月26日ALL OUT(シカゴ)の事前番組ジャック・ペリー選手に敗れるAEW公式

1月にベルトを落とし、ホブス選手もAEWを離れました。それでも8月の東スポWEBは、柴田選手を「THE OPPS」の「中核メンバー」と書いています。

9月7日は、高山善廣さんを支援する大会でした。試合後の言葉は「また1年後にお会いしましょう」。本人も前の年に「日本で試合する機会は少ない」と話しています。

5月の相手ウィル・オスプレイ選手とは、2017年2月と2024年3月にもシングルで戦っています。

🌱 桑名のレスリング部から、新日本プロレスへ

柴田選手は三重県桑名市の出身です。父の勝久さんは、新日本プロレスの旗揚げメンバーでした。

三重県立桑名工業高校のレスリング部で出会ったのが、後藤洋央紀選手です。柴田選手は高校を出た1998年に新日本へ入門し、後藤選手は大学を出た2002年に続きました。

デビューは1999年10月10日の後楽園ホール。同じ日にデビューしたのが棚橋弘至さんです。

この2人に中邑真輔選手を加えた3人は、かつて「新・闘魂三銃士」と呼ばれました。

🐄(ウッシ小声:1人は新日本の社長、1人はWWE、本人はAEW。この同期会の幹事だけは、やりたくありません)

🚪 2005年に退団、総合格闘技へ

2004年、キャリア5年の柴田選手は天龍源一郎さんと3度シングルで戦います。Number Webによると、柴田選手は「新日本所属ではない天龍さんから、プロレスのなんたるかを教えてもらった」と振り返っています。

翌2005年に新日本を退団。2007年からは総合格闘家として、HERO’S、DREAM、DEEPなどに出場しました。

当時のことを、本人は2025年の東スポWEBでこう話しています。

「俺も以前、新日本を辞めた時は八方ふさがりだったんですよ。飛び出した時って、そういうことってよくあるので」(東スポWEB 2025年9月10日)

2007年9月に対戦した桜庭和志選手とは、その後いっしょに練習する仲になり、2011年の大みそかにはタッグも組みました。

🔙 2012年、新日本に戻る

2012年8月、柴田選手は新日本のマットに戻りました。9月からは桜庭選手とのコンビで参戦しています。

戻ってからの節目を並べます。

日付・会場出来事
2014年9月21日・神戸ワールド記念ホール棚橋さんとシングル。棚橋さんが「おかえり」と声をかけた
2015年1月4日・東京ドーム後藤選手とIWGPタッグ王座を奪取。PKで3カウント
2016年1月4日・東京ドーム石井智宏選手からNEVER無差別級王座を奪取
2017年3月20日・アオーレ長岡NEW JAPAN CUP初優勝。決勝はバッドラック・ファレ選手

2015年のIWGPタッグが初めてのベルトでした。後藤選手と出会ってから20年目です。

「高校で部員が少ないレスリング部で夢を見たプロレス少年がベルトを手に入れた。こんなことってあるんですね…」(東スポWEB 2023年12月24日掲載の当時の記事)

NEVERのベルトは、獲っても腰に巻きませんでした。前年、タッグのベルトをリマッチですぐ失ったからです。本人いわく「リマッチまでがタイトルマッチ」。

🐄(ウッシ小声:営業でいえば「入金までが受注」。耳が痛いです)

🏟 2017年4月9日、両国国技館

NEW JAPAN CUPで優勝した柴田選手は、オカダ・カズチカ選手のIWGPヘビー級王座への挑戦を選びました。

2014年2月、オカダ選手に「挑戦したいんだったらニュージャパンカップで優勝してから来い」と言われていました。3年あまりかけて、その条件を満たしたわけです。

2017年4月9日、両国国技館。試合は38分を超え、オカダ選手が防衛しました。

ここから先は、報道された事実だけを書きます。

  • 柴田選手は控室に戻る途中で倒れ、救急車で都内の病院に運ばれた(Number Web)
  • 新日本プロレスは翌10日、硬膜下血腫が見つかり手術を受けたと発表した(Number Web)
  • 同じ10日の会見で、オカダ選手は声を詰まらせながら「またやりましょうという約束をしますので、しっかり守って下さいよ」と話した(デイリースポーツ)

4か月後の8月13日、柴田選手は両国国技館のリングに自分の足で上がります。ファンへのあいさつは「生きています!生きているぞ!」でした。

⏳ 復帰までの4年9か月

2018年、柴田選手は新日本プロレスLA道場のヘッドコーチになりました。教えながら、自分のトレーニングも続けています。このLA道場から出てきた1人が、ゲイブ・キッド選手です。

リングに戻るまでの順番は、こうでした。

  1. 2021年10月21日・日本武道館:サプライズで登場。ザック・セイバーJr.選手と5分間のグラップリングルールで対戦
  2. 2022年1月4日・東京ドーム:成田蓮選手と対戦。約4年9か月ぶりの復帰

1月4日は打撃なしのルールで行う予定でした。ところが柴田選手は試合前にマイクを握り、通常のプロレスルールに変えます。最後はスリーパーホールドからのPKでした。

「ただひとつ言えるのは、俺の試合はプロレスだった。柴田はプロレスができる」(東スポWEB 2022年1月4日)

✈️ 「居場所がないなら、いる意味もない」AEWへ

復帰したあと、新日本では試合が組まれませんでした。柴田選手が向かったのは米国です。

時期出来事
2022年11月4日AEWで初めての試合。オレンジ・キャシディ選手の王座に挑み、敗れる
2023年3月31日ウィーラー・ユウタ選手を破り、ROHピュア王座を獲得。シングルのベルトは6年ぶり
2023年12月23日AEWとの契約が発表される
2024年3月16日ブライアン・ダニエルソン選手と対戦し、惜敗
2025年1月5日東京ドームで棚橋さんと5分間のエキシビションマッチ
2025年4月16日AEW世界トリオ王座を獲得。AEWのリングでは初めてのタイトル

新日本を出た理由を、本人は2024年1月の東スポWEBでこう説明しました。

「所属選手として活動ができない。それは間違っていないんでしょう。ただ自分の居場所がないんだったら、いる意味もない」(東スポWEB 2024年1月9日)

健康面は、同じ記事で「ドクターチェックもしてますし、診断書も渡してます」と話しています。

一方、2025年1月の東スポWEBは、日本でのプロレスルールの試合は「医師の許可が下りにくい」と伝えました。棚橋さんとの再会が5分のエキシビションになったのは、そのためです。

📺 動画で観る(公式)

📺 SAKURA GENESIS OKADA vs SHIBATA MATCH VTR(新日本プロレスリング株式会社 公式チャンネル)

📺 FULL MATCH: Will Ospreay vs Katsuyori Shibata | AEW Dynamite, 3/27/24(All Elite Wrestling 公式チャンネル)

🦵 得意技:絞めて、蹴る

  • PK:スリーパーで弱らせてから蹴り抜くのが、いつもの流れです。2015年のIWGPタッグ、2017年のNEW JAPAN CUP決勝、2023年のROHピュア王座も、決まり手はPKでした
  • スリーパーホールド:PKの前に置く絞め技。仕組みはスリーパーホールドのやり方で図解しています
  • 串刺しドロップキック:コーナーの相手に突き刺す一発。東スポWEBは「代名詞」と書いています。基本はドロップキックのやり方へ
  • 卍固め:東スポWEBいわく「師匠譲り」。師匠とはアントニオ猪木さんのことです。形は卍固めのやり方に
  • コブラツイスト:2022年の復帰戦でも出しました。コブラツイストのやり方へ

技の系統は、ウッシのプロレス技大図鑑=プロレス技 一覧【図解】でどうぞ。

🐄(ウッシ小声:絞めてから蹴る。順番が決まっている人は強い。子どものころ妹に技をかけすぎて嫌われた私は、順番以前の問題でした)

📡 柴田選手の試合を観るには

AEWをどこで観られるかは、プロレスはどこで観る?とプロレス配信サービス比較に、団体別で整理しています。

📡 プロレス中継をテレビの大画面で観たい人へPR
プロレス中継をテレビの大画面で観たい場合、選択肢のひとつがスカパー!です。どのチャンネルでどの団体が放送されるかは月ごとに変わるため、申し込み前に必ず番組表で確認してください。スカパー!は月単位で契約でき、料金・キャンペーンの条件は公式ページが最新です(2026年9月時点)。チャンネルの選び方はスカパーのプロレスはテレ朝ch2かサムライ|料金と選び方で整理しています。
📡 スカパー!基本プランの最新条件を見る

🐄 ウッシ視点:「あれとは違う、今の自分のやり方」

ここからは営業部長の私見です。

2017年4月9日について、柴田選手は2025年の東スポWEBでこう語りました。

「あの日というのは、人生の中でも限界を超えた日だったので。(中略)あれを超えられるのかと言ったら『超えられないだろ』って思うあの時の自分もいる。でも、あれとは違う今の自分のやり方のプロレスもある」(東スポWEB 2025年9月10日)

過去の自分は超えられない、と先に認めている。そのうえで、別のやり方を探している。

私は35歳から血圧の薬を飲み、毎晩のビールもやめました。20代と同じ働き方は、もうできません。できないと認めるのは負けではなく、やり方を変える出発点です。

もうひとつ。「居場所がないなら、いる意味もない」という言葉です。

私は転職のとき、通らなければ家業に入るつもりで、自分から条件を出しました。居場所は、待っていても用意されません。柴田選手は「八方ふさがり」を一度経験したうえで、2023年にもう一度、自分で場所を選んでいます。

🐄(ウッシ小声:推しを前にすると「応援してます」しか出てこない私ですが、柴田選手にもその一言だけは届けたい)

❓ よくある質問

Q. 柴田勝頼選手は現在、どこに所属していますか?

A. 米国のAEWです。2023年12月に契約が発表されました。2026年10月9日時点で、AEW公式の選手一覧に名前が載っています。

Q. 柴田勝頼選手は引退したのですか?

A. 引退していません。2022年1月4日の東京ドームで復帰し、2026年9月26日にもAEWの大会で試合をしています。

Q. 2017年に何があったのですか?

A. 4月9日の両国国技館で、オカダ・カズチカ選手のIWGPヘビー級王座に挑戦して敗れました。その直後に急性硬膜下血腫と診断されて手術を受け、長期欠場に入っています(東スポWEB)。

📝 まとめ:柴田勝頼選手は「場所を変えても、闘い方を探し続ける人」

  • 現在はAEW所属で「THE OPPS」の一員(2026年10月に確認)
  • 1979年11月17日・三重県桑名市生まれ。1999年10月10日デビュー
  • 2005年に新日本を退団し、総合格闘技へ。2012年8月に新日本へ戻った
  • 2017年4月9日の両国の試合後、急性硬膜下血腫と診断された
  • 2022年1月4日、約4年9か月ぶりに復帰。2023年12月にAEWと契約し、2025年にAEW世界トリオ王座を獲得

闘魂で、人生を叩き上げろ。マイペースにいきましょう🐄

⚠️ 注意:プロレスの技は専門訓練を受けた選手が安全管理下で行うものです。絞め技も蹴り技も、絶対に真似しないでください。

🔗 あわせて読みたい

📺 闘魂列伝シリーズ

◀ 前の回(㊵天龍源一郎)を読む / 次の回(㊷秋山準)を読む ▶

📚 参考・出典(29件)

すべて2026年10月9日に開いて確認しました。引用内の全角数字は半角に置き換え、入れ子の「」は内側を『』に改め、原文の丸括弧の補足は一部省略しています。公式YouTubeは題名と投稿者で照合しました。

現在(2026年)

経歴

2017年4月9日と復帰

AEW

動画は新日本プロレスリング株式会社 公式チャンネルとAll Elite Wrestling 公式チャンネルのものです。所属や試合の予定は変わります。最新の情報はAEW公式でご確認ください。


この記事をシェア X でシェア LINE で送る

プロレスの最新ニュースと新着記事は、X で毎日お知らせしています。

ウッシ(@ussi_bucho)をフォロー
次に読むなら ⚡ ウッシのプロレス技大図鑑 📺 プロレスはどこで観る?配信の違い 🔰 プロレス入門ロードマップ