天龍源一郎|現在と引退の理由、76歳の開花宣言【闘魂列伝㊵】
※本記事はプロモーションを含みます
「天龍源一郎って、いま何をしているの?」 「引退したのはいつで、理由は何だったの?」
天龍源一郎さんは現在76歳。娘の嶋田紋奈さんが代表を務める天龍プロジェクトの大会やトークイベントに、いまも姿を見せています。2026年10月5日には、11月から始まる「プロレスデビュー50周年記念期間」が発表されました(東スポWEB)。
闘魂列伝シリーズ第40弾は、川田利明さんと田上明さんの列伝に何度も出てきた「あの先輩」の話です。
- 現在:76歳。天龍プロジェクトの会場やトークイベントに登場。2026年11月1日からは「デビュー50周年記念期間」で、初の書の個展も開く(2026年10月時点)
- 引退:2015年11月15日・両国国技館。相手はオカダ・カズチカ選手。理由は体力ではなく、病気が続いた妻を支えるためだった
- 何がすごい人か:ジャイアント馬場さんとアントニオ猪木さんの両方からフォール勝ちした、ただ1人の日本人レスラー(東スポWEB)
🐄(ウッシ小声:四天王の列伝を2本続けて書いたら、どちらにも天龍さんが出てきました。もう本人を書くしかありません)
この記事でわかること
- 天龍源一郎さんの現在と、2026年に確認できた動き
- 引退試合の日付・相手・決まり手と、引退を決めた理由
- 大相撲からプロレスに来て「天龍革命」を起こすまで
- 鶴龍対決と、馬場さん・猪木さんからのフォール勝ち
- 引退後の入院と、公表されている範囲の体調
📋 天龍源一郎さん プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 天龍源一郎(てんりゅう げんいちろう)/本名・嶋田源一郎 |
| 生年月日 | 1950年2月2日(2026年10月時点で76歳) |
| 出身 | 福井県勝山市 |
| 身長/体重 | 189cm/120kg(現役時・東スポWEB) |
| 大相撲 | 1963年に二所ノ関部屋へ入門。最高位は前頭筆頭 |
| デビュー | 1976年11月13日・米テキサス州。相手はテッド・デビアスさん。日本デビューは1977年6月11日 |
| 主なタイトル | 三冠ヘビー級王座(3度)/IWGPヘビー級王座/世界タッグ王座/UNヘビー級王座 |
| プロレス大賞 | MVP4回・年間最高試合賞9回 |
| 得意技 | パワーボム/逆水平チョップ/グーパンチ/延髄斬り/53歳/WARスペシャル |
| 引退 | 2015年11月15日・両国国技館 |
| 現在 | 天龍プロジェクトの大会・トークイベントに登場 |
🐲 現在:76歳、会場にもトークの席にもいる
2026年に入ってからの動きを、報道と公式の告知から拾いました。
| 時期 | 確認できたこと | 出典 |
|---|---|---|
| 2月1日 | 天龍プロジェクト新木場大会で撮影会・サイン会・トークイベント。翌2日に76歳 | 東スポWEB |
| 4月19日 | 旗揚げ16周年の新木場大会。大会後に取材対応 | 東スポWEB |
| 6月14日 | 来日したスタン・ハンセンさんと都内でトークイベント | 東スポWEB |
| 9月23日 | 蝶野正洋さんとのトークバトル(7月に開催を告知・チケット完売) | 蝶野正洋オフィシャルサイト |
| 10月5日 | 「デビュー50周年記念期間」を発表 | 東スポWEB |
| 10月21日 | 和田京平さんとのトークショー(開催予定) | 天龍プロジェクト公式 |
50周年記念期間は2026年11月1日から2027年6月30日まで。テーマは「人は何度でも咲ける。天龍源一郎、50年目の開花宣言。」です。
公式YouTubeは本人の希望で「天龍源一郎 遺言チャンネル」に改称。11月14・15日には、約1年通った書道教室の成果を見せる初の書個展「龍墨」を、東京・中目黒で開きます。
2月の取材では、今年の目標をこう話しています。
🐄(ウッシ小声:76歳で書道教室に1年通って、個展まで開く。「もう歳だから」は、30代の私の口からは当分出せません)
体調について、公表されていること
天龍さんは2022年9月に入院し、約10か月後の2023年6月22日に退院しました。病名は「環軸椎亜脱臼に伴う脊髄症・脊柱管狭窄症」と報じられています(東スポWEB)。
2025年2月2日、75歳の誕生日の「天龍祭」では、車いすに乗ったままリングに上がり、こう話しました。
2026年の体調について、新しい公式発表は見つけられませんでした。書けるのは「取材に答え、イベントに出ている」までです。
🚪 引退:2015年11月15日、両国国技館
引退試合は2015年11月15日・両国国技館。相手は当時のIWGPヘビー級王者、オカダ・カズチカ選手でした。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 日付・会場 | 2015年11月15日・両国国技館(観衆1万522人) |
| 相手 | オカダ・カズチカ選手(当時28歳。天龍さんは65歳) |
| 結果 | 17分27秒、レインメーカーからの片エビ固めで敗戦 |
| 評価 | 2015年度プロレス大賞・年間最高試合賞。天龍さんには特別功労賞 |
逆水平チョップ、グーパンチ、延髄斬り、パワーボム、53歳。持っている技を出し切りました。
リングで叫んだ第一声は「いやあ。負けたー」。続けて、こう言っています。
この試合は、天龍さんにとって16年ぶり9度目の年間最高試合賞。東スポWEBは「前代未聞の快挙」と書いています。
引退の理由は「今度は支える番」
体が限界だったわけではありません。妻のまき代さんは、引退当日のデイリースポーツの手記で「体力の限界ではありません」と書いています。
まき代さんは2010年の乳がんのあと、心不全などで入院が続いていました。天龍さんが会見で口にしたのは「今度は支える番」という言葉だったそうです。
そのまき代さんは、2022年6月24日に65歳で亡くなりました。退院した日、天龍さんは「病室には女房の写真を置いて」踏ん張ったと話しています。
🥋 大相撲から来て、「天龍革命」へ
天龍さんは福井県勝山市の出身。13歳で大相撲の二所ノ関部屋に入門し、前頭筆頭まで上がりました。
馬場さんから「早くプロレスに来い」と誘われても、「相撲から逃げたと言われるのが嫌だ」と、勝ち越すまで辞めなかったそうです(web Sportiva)。
1976年10月に相撲を廃業して全日本プロレスへ。転機は1987年6月でした。阿修羅・原さんと始めた「レボリューション(天龍革命)」です。
Number Webは、当時の2人を「地方巡業でも一切手を抜かないファイト」と書いています。長州力さんたちが新日本プロレスへ戻り、危機にあった全日本を盛り上げた立役者でした。
この「天龍同盟」に加わったのが、若き日の川田利明さんです。一方、田上明さんは東スポの連載で、天龍さんを「『良き先輩』じゃない『良くない先輩』だった」と振り返っています。
🐄(ウッシ小声:宿で頭からビールをかけられた田上さんも、「今になって思えば全部笑い話」と言っています。先輩の評価は、長期で見るものです)
プロレス大賞のMVPは1986年から3年連続で受賞しました。
👑 鶴龍対決、そして馬場さんと猪木さん
天龍革命の中心にあったのが、ジャンボ鶴田さんとの「鶴龍対決」です。
| 日付・会場 | 出来事 |
|---|---|
| 1987年8月31日・日本武道館 | 鶴田さん戦。プロレス大賞・年間最高試合賞 |
| 1989年4月20日・大阪 | 三冠戦。鶴田さんのパワーボムで頭を打ち、3カウントを聞く |
| 1989年6月5日・日本武道館 | 鶴田さんを破り、第2代三冠ヘビー級王者に。年間最高試合賞 |
| 1989年11月29日・札幌 | 世界最強タッグ公式戦で、馬場さんからパワーボムでピンフォール |
| 1994年1月4日・東京ドーム | 新日本プロレスで猪木さんを撃破 |
この日は、別の団体が東京ドームで大会を開いていました。馬場さんが日本人を相手に喫した、初めての完璧なピンフォール負けです。
そして1994年、アントニオ猪木さんにも勝ちました。東スポWEBはこの勝利で、天龍さんを「馬場、猪木の両巨頭にフォール勝ちした唯一の日本人レスラー」と書いています。
🐄(ウッシ小声:私はこの時代を会場で観ていません。レンタル店のビデオを端から借りて、映像で追いかけた世代です)
📺 動画で観る(公式)
📺 【伝説の6.5天龍パワーボム】1989年6月5日・日本武道館(日テレプロレス中継アーカイ部【公式】)
📺 【鶴龍対決七番勝負 全て語ります!】(日テレプロレス中継アーカイ部【公式】)
🌊 全日本を出てから:SWS、WAR、そしてIWGP
1990年4月、天龍さんは全日本プロレスを退団し、5月に新団体SWSへ移ります。
SWSは長く続かず、最後の試合は1992年6月19日の長崎大会でした(東スポWEB・ザ・グレート・カブキさんの連載)。
同じ1992年、天龍さんはWARを旗揚げします。ここからは、団体の垣根を越えた戦いです。
| 年月日・会場 | カード | プロレス大賞 |
|---|---|---|
| 1993年1月4日・東京ドーム | 対 長州力さん | 年間最高試合賞(この年はMVPも) |
| 1996年9月11日・神宮球場 | 対 高田延彦さん | 年間最高試合賞 |
| 1999年5月3日・福岡国際センター | 対 武藤敬司さん(IWGPヘビー級選手権) | 年間最高試合賞 |
1998年からはフリー。1999年にはIWGPヘビー級王座を獲り、東スポWEBのプロフィールには「最年長IWGP王者」とあります。
全日本プロレスの三冠ヘビー級王座も、2000年10月28日と2002年4月13日に巻きました。会場はどちらも日本武道館で、通算3度です(全日本プロレス公式)。
2010年4月には天龍プロジェクトを旗揚げ。2026年4月、16周年の日の言葉がこれです。
🦵 得意技:出すたびに痛そうな技ばかり
2025年の天龍祭で、デイリースポーツが「天龍ムーブ」として挙げた技です。
- パワーボム:鶴田さんにも馬場さんにも決めた技。仕組みはパワーボムのやり方へ
- 逆水平チョップ:引退試合では計18発。打ち手の比較は逆水平チョップ対決に
- グーパンチ:引退試合では計15発(デイリースポーツ)
- 延髄斬り:延髄斬りのやり方へ
- 53歳・WARスペシャル:技の名前がそのまま天龍さんの歴史
引退試合では、担ぎ上げてから組まずに落とす新技も出しています。東スポWEBによると、名前は「65歳9か月」でした。
🐄(ウッシ小声:技の名前が年齢。更新されるたびに、対戦相手より先に自分の年を知らせるスタイルです)
技の系統は、ウッシのプロレス技大図鑑=プロレス技 一覧【図解】でどうぞ。
📡 天龍さんの試合と、いまのプロレスを観るには
鶴龍対決のころの試合は、上に貼った日テレ公式のYouTubeで一部を観られます。
いまの団体ごとの視聴先は、プロレスはどこで観る?とプロレス配信サービス比較に整理しています。
🐄 ウッシ視点:辞める理由を、家族にできる人
ここからは営業部長の私見です。
天龍さんの経歴でいちばん効いたのは、ベルトの数ではありません。65歳で辞めた理由が「妻を支える番」だったことです。
私にも、少しだけ似た分かれ道がありました。妻が体調を崩し、しかも双子が生まれた。それで地元に戻る転職を決めています。
規模は比べものになりません。ただ、仕事の区切りを自分の都合ではなく家族で決めると、あとで言い訳が要らなくなる。そこだけは同じだと思っています。
もうひとつは「地方巡業でも一切手を抜かない」です。営業も同じで、大きな客先の前でだけ張り切る人は、だいたい見抜かれます。
ちなみに天龍さんは、引退試合のあとの会見でビールを飲んで「うん、シャープですね」と笑いました。私は毎晩のビールをやめて12kg落とした側なので、ここだけは真似できません。
❓ よくある質問
Q. 天龍源一郎さんは現在、何をしていますか?
A. 天龍プロジェクトの大会やトークイベントに出ています。2026年6月の東スポWEBは「天龍源一郎(76)」として大会後の取材を伝え、10月5日にはデビュー50周年記念期間が発表されました。
Q. 引退したのはいつですか? 相手は?
A. 2015年11月15日・両国国技館です。相手はオカダ・カズチカ選手で、17分27秒、レインメーカーからの片エビ固めで敗れました(デイリースポーツ)。
Q. なぜ引退したのですか?
A. 病気が続いた妻・まき代さんを支えるためです。まき代さんは手記で「体力の限界ではありません」と書いています。
Q. 馬場さんと猪木さんの両方に勝ったのは本当ですか?
A. 本当です。1989年11月29日に馬場さんからタッグマッチでピンフォールを奪い、1994年1月4日に猪木さんを破りました(東スポWEB)。
📝 まとめ:天龍源一郎さんは「何度でも咲く人」
- 現在76歳。天龍プロジェクトの大会やトークイベントに登場(2026年10月時点)
- 引退は2015年11月15日・両国国技館。オカダ・カズチカ選手に敗れ、年間最高試合賞
- 引退の理由は、妻を支えるため。三冠ヘビー級王座は通算3度
- 馬場さんと猪木さんの両方からフォール勝ちした、ただ1人の日本人レスラー
相撲で13年、プロレスで39年、引退してからもうすぐ11年。それでもまだ「開花宣言」を出す76歳です。
闘魂で、人生を叩き上げろ。マイペースにいきましょう🐄
⚠️ 注意:プロレスの技は専門訓練を受けた選手が安全管理下で行うものです。一般の方は絶対に真似しないでください。
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📚 参考・出典(24件)
すべて2026年10月9日に開いて確認しました。引用内の全角数字は半角に置き換え、原文の丸括弧の補足は一部省略しています。
- 東スポWEB(2026年10月5日)デビュー50周年記念期間 ── 記念期間の日程とテーマ/デビュー日と相手/日本デビュー日/遺言チャンネル/書個展「龍墨」
- 東スポWEB(2026年6月17日)ハンセンさんとの再会 ── 「天龍源一郎(76)」/6月14日のトークイベント/6月17日の新木場大会
- 東スポWEB(2026年4月20日)旗揚げ16周年 ── 2010年4月旗揚げ/4月19日の新木場大会/「苦しかったことしかないけど」
- 東スポWEB(2026年2月1日)76歳の誕生日前日 ── 撮影会・サイン会・トークイベント/今年の目標
- 蝶野正洋オフィシャルサイト(2026年7月21日) ── 9月23日のトークバトルの告知・チケット完売
- 天龍プロジェクト公式:2026.10.21 天龍源一郎×和田京平 スペシャルトークショー ── 10月21日の開催予定
- デイリースポーツ(2025年2月2日)天龍祭 ── 75歳の誕生日/車いすでリングへ/「天龍ムーブ」の技名
- 東スポWEB(2023年6月22日)退院 ── 入院と退院の時期・病名/「病室には女房の写真」/UNヘビー級王座の初戴冠(1984年2月)
- 東スポWEB(2022年6月26日)まき代さんの訃報 ── 6月24日・65歳/1982年9月の結婚
- デイリースポーツ(2015年11月15日)引退試合の速報 ── 観衆1万522人/17分27秒・決まり手/セレモニーの言葉
- デイリースポーツ(2015年11月16日)引退試合の詳報 ── 逆水平チョップ18発・グーパンチ15発/出した技
- デイリースポーツ(2015年11月15日)会見の一問一答 ── 試合後の会見でのビール「うん、シャープですね」
- デイリースポーツ(2015年11月16日)まき代さんの手記 ── 「体力の限界ではありません」/「今度は支える番」/病歴
- 東スポWEB(2025年12月28日)昭和~平成スター列伝 ── 青いガウン/「65歳9か月」/16年ぶり9度目の年間最高試合賞/MVP4回・ベストバウト9回
- 東スポWEB(2021年3月5日) ── 1994年1月4日・猪木さん撃破/「唯一の日本人レスラー」
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- ベースボール・マガジン社(2022年4月21日)週刊プロレス昔話 ── 1989年11月29日・馬場さんからのピンフォール/本人のコメント
- 全日本プロレス公式:三冠ヘビー級王座 歴代王者/世界タッグ王座 歴代王者 ── 第2・26・29代の戴冠日と会場/スタン・ハンセンさんとの3度の戴冠
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- web Sportiva(2015年11月13日) ── 大相撲で13年/馬場さんの誘いと勝ち越し/天龍同盟/「最強のハスキーボイス」
- Number Web(2023年12月8日)/Number Web(2015年7月22日) ── 1987年6月のレボリューション/13歳で大相撲に入門
著書の書誌と相撲時代の経歴(1963年12月入門・最高位は前頭筆頭・1976年10月廃業)は国立国会図書館サーチの著者紹介で、動画は題名と投稿者(日テレプロレス中継アーカイ部【公式】)で照合しました。イベントの日程は変わることがあります。必ず主催者の案内でご確認ください。
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