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アジャコングの現在|56歳で現役、40周年の"世界の超獣"
— 女傑列伝 —

アジャコングの現在|56歳で現役、40周年の"世界の超獣"

USSIBLOG

※本記事はプロモーションを含みます

「アジャコングって、今もプロレスやってるの?」

「テレビで一斗缶を持ってる人、という印象しかない。全盛期はどれくらい強かったの?」

先に答えます。アジャコング選手は2026年10月時点で56歳、現役のプロレスラーです。2026年はデビュー40周年の年で、5月16日には沖縄で記念の自主興行を開き、メインで自分が勝っています。

👊 先に結論だけ

  • 現在=56歳で現役(2026年10月時点)。2022年末にOZアカデミーを退団し、東京女子プロレスなど複数の団体に上がっている。7月18日にも後楽園ホールで勝利
  • 全盛期=1992年11月26日にブル中野さんからWWWA世界シングル王座を奪い、1995年3月26日まで約2年4か月守った時期。1995年11月には米WWF(現WWE)のサバイバー・シリーズにも出場した
  • 必殺技=裏拳。ほかに垂直落下式ブレーンバスター、バックドロップ。凶器の一斗缶も代名詞
  • 身長体重=165cm・103kg(OZアカデミー在籍時の公式プロフィール)
  • 2021年10月に右ヒザへ人工関節を入れる手術を受け、2022年4月に復帰(本人がインタビューで公表)

この記事でわかること

  • 2026年にどの団体で、どんな試合をしているのか(日付つき)
  • 全盛期はいつで、何を獲ったのか
  • 必殺技の裏拳と、一斗缶の位置づけ
  • 身長・体重・生年月日・デビュー戦などの基本データ
  • ブル中野さんとの金網デスマッチで何が起きたのか

📝 最初におことわり:アジャコング選手は現役のプロレスラーです。本記事は公式プロフィール・報道・本人が取材で語った内容だけで書いています。健康や家族の話は、本人が公表した範囲にとどめます。

📋 アジャコング プロフィール

項目内容
リングネームアジャコング
生年月日1970年9月25日(2026年10月時点で56歳)
出身東京都立川市
身長/体重165cm / 103kg(OZアカデミー在籍時の公式プロフィール)
デビュー1986年9月17日(全日本女子プロレス/秋田県男鹿市体育館)
異名世界の超獣、アジャ様
所属の変遷全日本女子プロレス(1986〜1997年)→ アルシオン旗揚げに参加・フリー → OZアカデミー(2006〜2022年末)→ フリー
主なタイトルWWWA世界シングル王座(2回)、OZアカデミー認定無差別級王座(初代)ほか
得意技裏拳、垂直落下式ブレーンバスター、バックドロップ、トペ・スイシーダ
芸能活動WAHAHA本舗
★★★★★ 女子プロレス列伝
アジャコング
"世界の超獣" / 40年目も現役のレジェンド
👁 見た目
顔に施したペイントと、165cm・100kg超の体。片手に下げた一斗缶が、入場の時点で「今日は誰かが殴られる」と知らせてくれる。56歳の今もこの造形のままリングに立っている。
⚔️ STATUS※プロレス30年・ウッシの独断評価
🥊 パワー10
⚡ スピード6
🎯 テクニック8
🔋 スタミナ9
😈 ヒール度9
👑 カリスマ10
🥋 得意技
裏拳 垂直落下式ブレーンバスター バックドロップ トペ・スイシーダ 一斗缶攻撃
👑 主な戴冠歴
1992WWWA世界シングル王座(初)11月26日・川崎市体育館でブル中野さんから奪取
1995WWWA世界シングル王座(2度目)6月27日・札幌で豊田真奈美さんから奪回
2007OZアカデミー認定無差別級王座(初代)3月10日・新宿FACE
💥 必殺技
裏拳
体を一回転させ、その勢いのまま手の甲で相手を打ち抜く打撃。2026年5月の40周年記念興行でも、決まり手はこの技だった。
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全女の極悪同盟から対抗戦時代、そして現在まで。本人が関わった書籍や、当時の試合映像を探せます。
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🎪 2026年10月時点の「現在」

いちばん知りたい人が多いところなので、確認できたことを日付つきで並べます。

40周年は沖縄のビーチで迎えた

デビューは1986年9月。2026年は、ちょうど40周年にあたります。

2026年5月16日、沖縄県の豊崎海浜公園 美らSUNビーチ多目的大広場で、「アジャコングデビュー40周年記念自主興行『夢の宴』-DREAM FESTIVAL-」が開かれました。メインは8人タッグマッチ。アジャコング選手が20分40秒、裏拳からの片エビ固めで上福ゆき選手に勝っています。

会場には、クラッシュ・ギャルズのお二人もトークで登場しました。試合後の本人の言葉は「今日だけは本音言います。私が一番楽しかった!」です。

周年興行なのに、懐かしの顔合わせは組んでいません。本人は開催前の取材で、過去は変えられないから、これから変えられる未来を見せたい、という趣旨を語っています。

🐄 ウッシの小声:40周年を「同窓会」にしない。営業20年目で、昔話がだんだん増えてきたウッシには、耳の痛い話です。

2026年の主な試合

日付大会・会場内容
1月4日東京女子プロレス・後楽園ホールアイアンマンヘビーメタル級王座の4WAY戦に勝って戴冠。直後に桐生真弥選手に襲われ、その場で王座を失う
2月1日ウナギ・サヤカ選手の自主興行・後楽園ホールメインで一騎打ち。裏投げ5連発からレフェリーストップで勝利
2月14日東京女子プロレス・後楽園ホール桐生選手を一斗缶からのバックドロップで下し、王座を取り返す
2月21日東京女子プロレス・神戸芸術センター6人タッグは勝利。試合後の控室でバナナの皮に滑り、辰巳リカ選手に王座が移る
5月16日40周年記念自主興行・沖縄メインの8人タッグで、裏拳から勝利
7月18日東京女子プロレス・後楽園ホール遠藤有栖選手に9分25秒、ダイビング・エルボードロップからの片エビ固めで勝利

4月前半には、岡山→東京→ラスベガス→東京→鹿児島という移動で試合をこなした、とも報じられています。

このほか、9月26日・新宿FACEでの広田さくら選手との一騎打ちと、10月17日の工藤めぐみさん40周年記念大会(国立代々木競技場第二体育館)への参戦予定が、発表・報道されています。この2つは結果まで確認できていないので、「発表されたこと」として書いておきます。

🐄 ウッシの小声:「世界の超獣、バナナの皮で王座陥落」。東スポの見出しを二度見しました。怖い試合も、こういう試合も、同じ月にやれる56歳です。

所属はどこ?

OZアカデミーには2006年から所属していましたが、2022年12月30日の後楽園ホール大会をもって退団しました。団体は「今後は不定期参戦という形」と発表しています。

いまは特定の団体に籍を置かず、東京女子プロレスや他選手の自主興行に上がっています。芸能活動の窓口はWAHAHA本舗です。

右ヒザの手術と復帰(本人が公表した範囲)

2021年10月、アジャコング選手は右ヒザに人工関節を入れる手術を受けました。診断名は右変形性膝関節症の悪化。半年ほど休み、2022年4月3日のOZアカデミー後楽園ホール大会で復帰しています。

主治医からは、この手術を受けて10年以上戦ったプロレスラーの前例がない、と言われたとのこと。本人の返事は「じゃあ、私が10年以上、現役を続けて前例をつくりますか!」でした。

🏆 全盛期はいつ? 1990年〜1995年の6年間

ウッシがプロレスに出会ったのは1995年、プレステの「闘魂列伝」です。当時8〜9歳で、全女の会場には行っていません。ここから先は、映像と記録で後から追いかけた立場で書きます。

アジャコング|年表 アジャコング|年表。1986年9月17日=デビュー(秋田・男鹿市体育館)/1990年11月14日=横浜でブル中野さんと金網デスマッチ/1992年11月26日=WWWA世界シングル王座を初戴冠/1995年11月19日=WWFサバイバー・シリーズ出場/2026年5月16日=沖縄で40周年記念興行 アジャコング|年表 1986年9月17日 デビュー(秋田・男鹿市体育館) 1990年11月14日 横浜でブル中野さんと金網デスマッチ 1992年11月26日 WWWA世界シングル王座を初戴冠 1995年11月19日 WWFサバイバー・シリーズ出場 2026年5月16日 沖縄で40周年記念興行

クラッシュに憧れた少女が、悪役に回された

中学では空手とバレーボール。クラッシュ・ギャルズに憧れて、卒業後に全日本女子プロレスへ入りました。

デビューは1986年9月17日、秋田県男鹿市体育館。まだ15歳です。

ところが配属は、ダンプ松本選手の極悪同盟でした。本人は後年の取材で、ベビーフェイスへの思いを断ち切れなかったと話しています。憧れた長与千種さんたちを、殴る側に回されたわけです。

その後はブル中野さんが率いる獄門党の一員になります。

1990年11月14日、横浜の金網

1990年代に入ると、アジャコング選手はバイソン木村さんとジャングル・ジャックを結成し、師匠のブル中野さんに反旗を翻します。ここから2年間の抗争が始まりました。

9月1日の大宮での金網戦は、決着のつき方に観客が納得せず、「金返せ」コールが起きています。そこで組まれた再戦が、1990年11月14日・横浜文化体育館のノーレフェリー金網デスマッチです。

当時の東スポによると、アジャコング選手は開始からハサミでブル中野さんの髪を切り、裏拳を19連発。最後はブル中野さんが高さ4メートルの金網最上段からギロチンドロップを落とし、20分59秒で勝ちました。

この一戦は、女子の試合として初めて『週刊プロレス』の表紙になりました。

⚠️ 金網や凶器は、訓練を受けた選手同士が当時の試合形式の中で行ったものです。真似する対象ではありません。反則の扱いはプロレスの反則ルール解説にまとめています。

1992年11月26日、師匠を超える

抗争の決着は1992年11月26日、川崎市体育館。アジャコング選手がブル中野さんを破り、全女の頂点であるWWWA世界シングル王座を初めて巻きました。同じ日に、相棒のバイソン木村さんが引退しています。

ここから1995年3月26日に横浜アリーナで豊田真奈美さんに敗れるまで、約2年4か月。団体対抗戦の時代には、この王座をめぐってJWPのダイナマイト関西さん、FMWの工藤めぐみさんと戦っています。

同年6月27日に札幌で王座を取り返し、8月30日に大阪でダイナマイト関西さんに明け渡しています。戴冠は通算2回です。

🐄 ウッシの小声:望まない配属から始めた人が、師匠を倒して2年4か月守る。ウッシも新人研修でボロクソに言われた側なので、この話には背筋が伸びます。

1995年、アメリカでも裏拳

1995年にはWWF(現WWE)に参戦しました。11月19日のサバイバー・シリーズでは、女子4対4の勝ち抜き戦に出場。最後は当時のWWF世界女子王者アランドラ・ブレイズさんを裏拳で沈め、1人だけ勝ち残っています。

👊 必殺技は「裏拳」|一斗缶は凶器

技どんな技か
裏拳体を一回転させ、その勢いで手の甲を相手に叩きつける打撃。フィニッシュ
垂直落下式ブレーンバスター相手を逆さに持ち上げ、頭から真下に落とす
バックドロップ背後から抱えて後ろへ投げる。2026年2月14日の決まり手
トペ・スイシーダ場外の相手へ頭から飛び込む。100kg超の体でこれをやる
エルボードロップ2026年7月18日の後楽園ホール大会は、コーナーから飛ぶダイビング式で勝利
一斗缶攻撃金属の一斗缶で殴る。反則にあたる凶器攻撃

裏拳は、もともと空手の打ち方です。アジャコング選手は小学校から中学まで空手を習っていました。本人のXのアカウント名にも「uraken」の文字が入っています。

一斗缶は「技」ではなく、凶器です。1990年の金網デスマッチでも、リングに投げ込まれた凶器の中に一斗缶がありました。

2025年4月29日の里村明衣子さんの引退試合でも、一斗缶の上に垂直落下式ブレーンバスターを落としています。

🐄 ウッシの小声:一斗缶は、世間ではただの容器です。あれが「商売道具」になる職業を、ウッシはほかに知りません。

技の種類をまとめて見たい方は、ウッシのプロレス技大図鑑をどうぞ。

🚪 全女を出てから|団体を渡り歩いた30年

1997年に全女を退団。新団体アルシオンの旗揚げに関わり、その後はフリーとしてGAEA JAPANなどで戦いました。

2000年代以降は、ハッスル、OZアカデミー、DDT、WAVE、センダイガールズと、上がるリングが広がります。東スポによれば、手にした主要団体のシングル最高位の王座は6団体。爆破マッチにも進出し、2023年7月には第8代爆女王になりました。

2016年7月18日には、後楽園ホールで30周年記念興行を開催しています。観衆は1,030人で満員でした。

🐄 ウッシ視点:「過去は変えられない」と言える40年目

ここは私見です。

ウッシは20代を丸ごとパチスロに使い、30歳でようやく抜けました。あの10年は、どう数え直しても戻ってきません。

望まない配属から始めて、師匠を超え、ヒザに人工関節を入れても続けている人が、過去ではなく未来の話をしている。56歳の現役にそう言われると、30代で過去を数えている場合ではないな、と思います。

配られた役を、40年かけて自分の名前にした人。ウッシにとってのアジャコング選手は、そういう存在です。

📺 アジャコング選手の試合はどこで観られる?

40周年記念興行「夢の宴」は、動画配信サービスWRESTLE UNIVERSEに配信ページがあります(2026年10月2日に確認)。東京女子プロレスの公式サイトも、動画配信の案内先はこのサービスです。

料金や無料で観られる範囲は変わるので、契約前に公式サイトで確かめてください。団体ごとの配信先はプロレスはどこで観る?とプロレス配信サービス比較に整理しています。

「まず今のプロレスの空気を知りたい」という段階なら、プロレスリング・ノアが無料生中継される回のあるABEMAから入る手もあります。

❓ アジャコングに関するよくある質問

Q1. アジャコングは現在も現役ですか?

A. はい。2026年10月時点で現役です。2026年5月16日には沖縄で40周年記念の自主興行を開き、メインで勝利しました。7月18日にも東京女子プロレスの後楽園ホール大会で勝っています。

Q2. 身長と体重は?

A. OZアカデミー在籍時の公式プロフィールでは165cm・103kgです。Wikipediaは108kgとしており、本人は取材で「105キロで止まった」と話しています。

Q3. 全盛期はいつですか?

A. 記録で見ると、1992年11月26日から1995年3月26日までWWWA世界シングル王座を守った時期です。1990年の金網デスマッチと1995年のWWF参戦まで含めると、1990〜1995年の6年間になります。

Q4. いまの所属団体は?

A. 2022年12月30日でOZアカデミーを退団し、以降は特定の団体に籍を置かずに参戦しています。芸能活動はWAHAHA本舗です。

Q5. ブル中野さんとの関係は?

A. 若手時代はブル中野さんが率いる獄門党の一員でした。1990年代に入って反旗を翻し、2年間の抗争の末、1992年11月26日に勝って王座を奪っています。ブル中野さん側の話はブル中野の記事にまとめました。

当事者たちが表紙の一冊も出ています。ダンプ松本さん・ブル中野さん・アジャコングさんが自ら語った『証言 全女「極悪ヒール女王」最狂伝説』——本記事の物語を本人の言葉で読めます。


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金網の上から飛んだ側の物語

📝 まとめ:アジャコングは「40年目も、裏拳で勝っている人」

  • 2026年10月時点で56歳・現役。5月16日に沖縄で40周年記念興行を開き、裏拳で勝利
  • 全盛期は1992年11月26日〜1995年3月26日のWWWA世界シングル王座時代。戴冠は通算2回
  • 必殺技は裏拳。一斗缶は凶器。身長体重は165cm・103kg(OZアカデミー在籍時の公式)
  • 2022年末にOZアカデミーを退団。右ヒザの手術(2021年10月)を経て、いまも複数団体に参戦中

主治医に「前例がない」と言われて、「じゃあ前例をつくる」と返した人です。次の10年も、たぶん缶を持って出てきます。

マイペースにいきましょう🐄

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📚 参考・出典(24件)

本記事は以下の公式情報・報道を参考に作成しています(すべて2026年10月2日にアクセス確認)。裏が取れなかった事項は記載していません。

記載内容に誤りがあれば、お問い合わせフォームよりご指摘ください。

⚠️ 注意:プロレス技・凶器を用いた攻撃は、専門訓練を受けた選手が安全管理下で行うものです。一般の方は絶対に真似しないでください。


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