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ダンプ松本の現在|"極悪女王"の全盛期と若い頃
— 女傑列伝 —

ダンプ松本の現在|"極悪女王"の全盛期と若い頃

USSIBLOG

※本記事はプロモーションを含みます

「Netflixの『極悪女王』を観たけど、ダンプ松本って実在の人なの?」

「あの人、今どうしてるの? まさか、まだ現役……?」

この2つが、いま一番多い疑問だと思います。結論から言います。実在します。そして2026年7月時点で、65歳のダンプ松本はまだリングに上がっています。

🔴 先に結論だけ

  • ダンプ松本=本名・松本香。1960年11月11日、埼玉県熊谷市生まれの女子プロレスラー(2026年7月時点で65歳)
  • 1980年に全日本女子プロレス入門。1984年に悪役軍団「極悪同盟」を結成し、長与千種・ライオネス飛鳥のクラッシュギャルズとの抗争で女子プロレスを社会現象にした
  • 1988年に一度引退→タレント活動を経て2003年に現役復帰2026年5月23日にもマリーゴールドのリングで勝利し、公式ブログも毎日更新中=現在も現役
  • 2024年9月19日配信のNetflixシリーズ『極悪女王』(主演・ゆりやんレトリィバァ)で、40年ぶりの大ブレイクを果たした

このブログの「女子プロレス列伝」では、アスカ(Asuka/華名)紫雷イオ(IYO SKY)栗原あゆみふわちゃんと現代〜平成の選手を追ってきました。今回は初めて昭和に踏み込みます。

正直に書きます。ウッシがプロレスに出会ったのはプレステの「闘魂列伝」(1995年)で、当時8〜9歳。クラッシュギャルズと極悪同盟の全盛期をリアルタイムでは知りません。だからこの記事は「後年、映像と記録で追いかけた人間」の視点で書きます。当時テレビの前で叫んでいた世代の方には、物足りない部分があるかもしれません。それでも、当時を知らない人にこそ届く形で残しておきたい選手です。

この記事でわかること

  • ダンプ松本の本名・生年・経歴と、極悪同盟が生まれた経緯
  • クラッシュギャルズとの抗争が「社会現象」と呼ばれた具体的な理由(放送枠・動員の数字つき)
  • 1985年・1986年の髪切りマッチで何が起きたのか
  • 悪役を演じた代償として、本人が実生活で受けたこと
  • 1988年の引退と2003年の復帰、そして2026年7月時点の現在
  • Netflix『極悪女王』の基本情報と、どこで観られるのか

📝 最初におことわり:ダンプ松本さんはご存命で、現役のプロレスラーです。本記事は健康状態や私生活に踏み込まず、公表されている記録・報道・本人発信の範囲だけで書いています。裏が取れなかったことは書きません。

📋 ダンプ松本 プロフィール

項目内容
リングネームダンプ松本(1984年に改名。それ以前は「松本香」名義)
本名松本香(まつもと かおる)
生年月日1960年11月11日(2026年7月時点で65歳)
出身埼玉県熊谷市
身長/体重164cm / 100kg(公称)
デビュー1980年8月8日(全日本女子プロレス/田園コロシアム・対新国純子)
同期「55年組」=長与千種、ライオネス飛鳥、クレーン・ユウ ほか
率いた軍団極悪同盟(1984年結成)
主なタイトル全日本選手権(1984年)、WWWA世界タッグ王座(2回)
全盛期の得意技ラリアット、パワーボム、凶器を使った反則攻撃
引退→復帰1988年2月28日引退(熊谷市体育館) → 2003年に現役復帰
現在特定団体の専属ではなく複数団体へ参戦。自主興行「極悪祭」を主催

📝 ここがポイント:ダンプ松本を「昭和の人」だと思っていると、話が合わなくなります。彼女は1988年に一度引退し、15年後の2003年に復帰して、そこから20年以上リングに立ち続けている選手です。つまりキャリアの半分以上は「復帰後」。この構造を押さえると、2024年のNetflixヒットも「懐かしの人が発掘された」話ではないと分かります。

★★★★★ 女子プロレス列伝
ダンプ松本
"極悪女王" / 昭和の女子プロレスを動かした大ヒール
👁 見た目
金色に染めた髪、顔に施した金と黒のペイント。164cm・100kgの体をリングに運び込むだけで、会場の空気が一段下がる。そこに竹刀や一斗缶といった「本来リングにあってはいけない物」を持ち込むことで、観客の憎悪を一身に引き受けた。悪役の造形として、日本のプロレス史でも屈指の完成度。
⚔️ STATUS※プロレス30年・ウッシの独断評価
🥊 パワー9
⚡ スピード4
🎯 テクニック6
🔋 スタミナ8
😈 ヒール度10
👑 カリスマ10
🥋 得意技
ラリアット パワーボム ボディプレス 凶器攻撃(竹刀・一斗缶ほか)
👑 主な戴冠歴
1984全日本選手権ライオネス飛鳥から奪取(同年6月に奪回される)
1980sWWWA世界タッグ王座(2回)パートナー:クレーン・ユウ/ブル中野
💥 必殺技
ラリアット
全盛期のフィニッシュ。体重を全部乗せて相手の首から上を薙ぎ倒す、説明のいらない一撃。現在は体への負担が少ないボディプレスを主なフィニッシュにしている。
📚 本人が語った「極悪」の内側を読むPR
ダンプ松本の半生をまとめたノンフィクション『ダンプ松本「ザ・ヒール」〜極悪と呼ばれて〜』(平塚雅人 著/小学館/2021年1月発売)。還暦とデビュー40周年を機に作られた一冊で、入門後のいじめ、ヒール転向の決断、クラッシュギャルズとの抗争の裏側、そして父への思いまで書かれています。ドラマを観て「本当のところ」を知りたくなった人向けの一次に近い記録です。
※在庫・価格は変動します。同時代を描いた柳澤健『1985年のクラッシュ・ギャルズ』も、抗争を相手側の視点から読める名著です。

🌱 「落ちこぼれ」から始まった

1980年、55年組として全女へ

ダンプ松本は1980年、全日本女子プロレスの新人オーディションに合格して入門します。デビューは同年8月8日、田園コロシアム。当時のリングネームは本名そのままの「松本香」でした。

この年の入門者は、のちに「55年組」(昭和55年組)と呼ばれます。顔ぶれがすごい。

  • 長与千種
  • ライオネス飛鳥(本名・北村智子)
  • クレーン・ユウ(本名・本庄ゆかり)
  • 大森ゆかり(のちの引退特別試合のパートナー)
  • そして松本香(のちのダンプ松本)

つまり、のちに国民的人気者になるクラッシュギャルズと、のちに国民的悪役になるダンプ松本は、同じ年に同じ場所で始まった同期です。この一点だけで、後の抗争の意味が変わってきます。

期待されていたのは、彼女ではなかった

ただし、この時点でスポットライトは松本香に当たっていません。

彼女は当初「落ちこぼれ組」と見なされ、巡業にも連れて行ってもらえない立場でした。加えて、先輩からの厳しい仕打ちも受けています。当時の女子プロレス界の内情については、本人が後年の連載や著書で語っていますが、ここで詳細を並べる話ではないので事実関係だけにしておきます。

覚えておいてほしいのは、「極悪女王」は最初から強かった人ではないということです。売り出されなかった側の人間が、自分でポジションを作りにいった結果があのペイントでした。

😈 1984年、極悪同盟の誕生

リングネームを捨て、悪役を選ぶ

1984年、彼女はリングネームを「ダンプ松本」に改める。髪を金色に染め、顔にペイントを入れ、クレーン・ユウとともに悪役軍団「極悪同盟」を結成します。

同年1月には全日本選手権でライオネス飛鳥を破りベルトを奪取(同年6月のリターンマッチで奪い返されています)。ヒールとして、いきなり結果まで出しました。

極悪同盟のメンバー

極悪同盟は最終的に十数名規模まで膨らみました。主なメンバーは以下です。

選手立ち位置
ダンプ松本リーダー
クレーン・ユウ結成メンバー。1989年4月22日に引退
ブル中野若手として加入し、後継者へ
コンドル斉藤主力の一角
岩本久美子、石黒泰子ほか昭和期メンバーは計13名とされる

ダンプ松本の引退後、極悪同盟はブル中野が引き継ぎ「獄門党」へ改名。ヒール軍団の系譜がそのまま次世代に渡された形です。悪役の看板を後輩が継ぐ構造は、新日本の軍団の歴史と並べて見ても珍しい成功例だと思います。

「反則」を作品にした軍団

極悪同盟のスタイルは明快でした。凶器攻撃、派手な流血、負傷箇所への集中攻撃。竹刀、フォーク、一斗缶——本来リングにあってはいけない物が次々に出てくる。

⚠️ 読む前の前提:ここから先に出てくる凶器や流血は、1980年代のプロレスというジャンルが持っていた「演出」の文脈の中で行われたものです。現在の団体はレフェリングも安全基準も当時と異なります。真似する対象ではなく、当時の表現がどう成立していたかとして読んでください。プロレスのルールと反則の扱いについてはプロレスの反則ルール解説パイプ椅子攻撃はなぜ反則にならないのかで整理しています。

📺 なぜ「社会現象」と呼ばれたのか

「昭和の女子プロレスは人気があった」とだけ言われても、今の感覚では規模が掴めません。数字で確認できる部分を並べます。

① フジテレビが月曜19時台に置いていた

1984年から、フジテレビは女子プロレス中継を毎週月曜19時00分〜19時30分のゴールデンタイムでレギュラー放送しています。放送期間は1984年7月9日〜1986年9月22日

これは、いまの感覚で言えば「月曜7時の全国放送」です。アニメやクイズ番組が並ぶ時間帯に、女子プロレスが置かれていた。ダンプ松本の全盛期は、この枠とぴったり重なっています。

② 大阪城ホールに1万1000人

1985年8月28日の大阪城ホール大会は、観衆1万1000人で満員。この日のメインが、後述する髪切りマッチです。

10代の女の子たちが会場を埋め、リングの上の同世代を必死で応援していた——というのが、この時代の女子プロレスの光景でした。プロレス会場の客層としては、前も後もあまり例がありません。

③ 抗議の電話が局に殺到した

そしてこれも「社会現象」の証拠です。1985年の髪切りマッチについては、あまりの過激さから、中継したテレビ局に抗議が殺到したと記録されています。

賞賛だけでなく怒りも含めて、テレビの外まで感情が漏れ出していた。ヒールとしては、これ以上の成功指標はありません。

✂️ 2度の髪切りマッチ

ダンプ松本と長与千種の抗争を象徴するのが、敗者が髪を切られるルールの2試合です。

1985年8月28日/大阪城ホール — ダンプ勝利

観衆1万1000人。試合は11分4秒、ダンプ松本のKO勝ち。長与千種は椅子での殴打を受けてカウント10を聞きました。

試合後、リング上で長与の髪が切られます。会場は阿鼻叫喚。応援していた10代の観客が泣き叫ぶ映像は、後追いで観ても正直きついものがあります。

長与千種はのちのインタビューで、この試合を受けた理由を「自分たちのプロレスを認めさせるため」だったと語っています。髪を賭けなければ認めてもらえなかったという時代の証言です。

1986年11月7日/大阪城ホール — ダンプ敗北

1年余り後、同じ大阪城ホールで再戦。今度はダンプ松本が敗れます

ダンプは額を切り裂いて大流血させ、一斗缶での殴打やパイルドライバーで何度もフォール寸前まで追い込みました。それでも長与はカウント8で立ち上がり、最後は丸め込みで勝ちを奪います。

試合後、ダンプはリング上の椅子に腕を組んで座り、堂々と髪を刈られました。バックステージでは、刈られるとなったら堂々と刈られてやると言い放ち、「お望みなら、青剃りにもしてやるよ」と言い放っています。

負ける段取りになった瞬間まで、一度も役を降りなかった。ウッシがこの人を「日本プロレス史で最も完成度の高いヒール」だと思う理由は、勝った試合ではなく、この負け方にあります。

💔 悪役を引き受けた代償

ここは、あまり気持ちのいい話ではありません。ただ、ダンプ松本を語るうえで省略できない部分なので、事実だけ簡潔に書きます。

全盛期の彼女は、リングの外でこうした被害を受けています。

  • カミソリを同封したファンレターが届いた
  • 買ったばかりの車を硬貨で傷つけられた
  • タクシーに乗車を拒否された
  • 飲食店や衣料品店で入店を断られた
  • 実家にも嫌がらせが及び、母親が試合相手の家へ謝罪に回っていた

つまり、「役」への憎悪が、生活している一人の人間にそのまま向いたということです。SNSがない時代にこれですから、今なら何が起きていたか想像もしたくありません。

そして重要なのは、彼女がこれを理由に路線を変えなかった点です。悪役をやめれば嫌がらせは減る。それでも続けた。この事実だけで、彼女の職業意識が分かります。

東京スポーツで連載された「ダンプ松本『極悪と呼ばれて』」の最終回(2020年1月4日)は、いじめを受けている人へのメッセージで締められています。かつて自分が入門直後にされたことと、日本中から嫌われた経験の両方を通った人が最後に何を書いたのか。これはぜひ本人の言葉で読んでほしい部分です。

🥋 1988年、引退。そして15年後の復帰

電撃引退(1988年)

1988年1月4日、後楽園ホールでの試合後に、ダンプ松本は電撃的に引退を発表します。理由は待遇改善の要望が受け入れられなかったことへの抗議だったと伝えられています。

クラッシュギャルズとの引退特別試合は1988年2月(※日付・会場は資料により「2月25日・川崎」と「2月22日・大田区体育館」で記載が分かれます)。カードはダンプ松本&大森ゆかり vs 長与千種&ライオネス飛鳥。4人が流血する乱闘となり、13分50秒で無効試合。

その後です。ダンプが「今日で終わりだ。長与、来い!」と呼びかけ、急遽長与千種&ダンプ松本 vs ライオネス飛鳥&大森ゆかりの5分エキシビションが行われます。時間切れ引き分け。

怨敵同士が、最後の5分だけ味方になった。これも脚本ではなく、その場で起きたことです。プロレスの物語構造として、これ以上の幕引きは書けません。

そして本当のラストマッチは1988年2月28日、地元・埼玉の熊谷市体育館。ブル中野&コンドル斉藤との1対2変則マッチで、ダンプは後継者ブル中野からフォールを奪ってリングを降りました。怨敵との花道を東京で、締めの一勝を地元で——きれいな終わり方です。

タレント・ダンプ松本

引退後の彼女は、リングとは真逆の顔で世に出ます。本来の明るくユニークな人柄を活かし、大森ゆかりとのユニット「桃色豚隊」でバラエティやドラマに出演。「怖い人」ではなく「面白い人」として受け入れられました。

悪役を全うした人が、素の自分でもう一度食えるようになる。これは相当に難しいことをやっています。

2003年、まさかの復帰

そして2003年、約15年ぶりに現役復帰。全日本女子のサーキットに参戦し、サソリ(藤井巳幸)らと極悪同盟を再結成しました。

さらに2006年からは自主興行「極悪血祭り」(のちの「極悪祭」)を不定期開催。この興行は毎回チケットが売り切れています。40歳を過ぎてから始めた興行が、20年経っても埋まる。看板の強度が異常です。

🎬 2026年7月時点の「現在」

ここが一番知りたい人が多いところなので、確認できた最新情報だけ書きます。

65歳、まだリングに上がっている

2026年5月23日、女子プロレス団体マリーゴールドの2周年記念大会(EBARA WAVE アリーナおおた/大田区総合体育館)に参戦。メガトンとのシングルに勝利しています。

試合後のコメントが、この人らしい。近年の女子プロレス界に対して「どこもかしこも極悪女王の名前を使ってさ、10年早いんだよ! そんな言ってすぐなれるもんじゃねーんだよ!」と苦言を呈しつつ、最後は相手に向けて「頑張れじゃないよ、負けるな! 何があっても負けるな!」と言い残しました。

ドラマのヒットで「極悪女王」という言葉が独り歩きしていることに対する、名乗ってきた本人の言葉です。重みが違います。

📺 2026年5月23日・大田区大会(女子プロレス団体マリーゴールド公式チャンネル)

発信も止まっていない

公式ブログ「世界制覇 極悪同盟ダンプ松本」は2026年7月28日時点でも更新が続いています。内容は試合告知に加えて、今日食べたアイスや朝の挨拶といった日常。リング上の造形とのギャップが、この人の本当の姿を一番よく表しています。

抗争相手の「現在」も添えておく

比べる相手がいないと現在地が分かりにくいので、クラッシュギャルズ側にも触れます。

2026年5月5日、横浜BUNTAIで行われたマーベラス10周年大会で、長与千種(61歳)が約1年ぶりにリングへ復帰。「クラッシュ2026」としてタッグ名も復活し、ライオネス飛鳥がセコンドに就きました。ただし試合後、長与は「私はもうやらない。もう無理」と語り、今後は「あと何人を育てられるかな。それだけが楽しみ」と後進の育成に軸を置く姿勢を示しています。

同じ1980年入門の同期が、一方は育てる側へ、一方はまだ殴られる側に立っている。どちらが偉いという話ではありません。ただ、あの髪切りマッチから41年目、こうも道が分かれるのかと、ちょっと震えます。

🎥 Netflix『極悪女王』——40年後の再ブレイク

作品の基本情報

項目内容
タイトル極悪女王(Netflixシリーズ)
配信開始2024年9月19日(全5話一挙/世界独占配信)
主演ゆりやんレトリィバァ(ダンプ松本役)
共演唐田えりか(長与千種役)、剛力彩芽(ライオネス飛鳥役)
企画・脚本・プロデュース鈴木おさむ
総監督白石和彌
制作Netflix/制作プロダクション:KADOKAWA

内容は、プロレスが好きな少女・松本香が、日本で最も嫌われたヒール「ダンプ松本」になるまでを描いた半自伝ドラマ。女性差別が当たり前だった1980年代を背景に、女子プロレスがブームを起こしていく過程が描かれます。長与千種本人がスーパーバイザーとして参加しました。

観られる場所を間違えないでください

ここは大事なので、はっきり書きます。

『極悪女王』はNetflixの世界独占配信作品です。ABEMAやDAZN、新日本プロレスワールドでは配信されていません。「プロレスが観られる配信サービス」と混同されやすいので、この作品を目的とする場合はNetflixを契約してください。

逆に言うと、ドラマではなく「今の女子プロレスや今のプロレスそのもの」を観たい場合は、Netflixは的外れです。そちらは次のセクションで整理します。

😂 おまけ:今だから笑える極悪同盟

40年前は日本中を本気で怒らせた極悪同盟が、今はYouTubeで笑わせてくれます。ブル中野さん公式でのダンプ×ブル対談(100万回再生超え)と、Netflix公式でプロレス好き芸人たちが『極悪女王』を爆笑解説する感想会です。

📺 ブル中野さん本人公式「ぶるちゃんねるBULLCHANNEL」より

📺 Netflix Japan公式チャンネルより(※本編のネタバレを含みます)

🐄 ウッシ視点:営業部長が極悪女王から学んだこと

ここは私見です。読み飛ばしてもらっても構いません。

「役を着る」という職業技術

ウッシは21歳のとき、ドライバーから営業に抜擢されました。最初のメーカー研修で、担当者にボロクソに否定されたのを今でも覚えています。「お前ら代理店は営業失格だ」。報告会で言えたことは「毎日がんばりました」だけでした。

その研修中、一度だけその人と夜ご飯に行きました。「どうやったら営業マンになれますか」と聞いたら、怒らずにこう言われました。

「ミッキーマウスはぬいぐるみを着たらミッキーになる。自分が思う良い営業マンのぬいぐるみを着て、なりきれ」

いま牛マスクをかぶってブログを書いているのは、正直この一言のせいです。

ダンプ松本がやったことは、これの極限だと思っています。金髪、ペイント、竹刀。「悪役」というぬいぐるみを着て、日本中の憎悪を全部引き受けた。その代償に、実生活で嫌がらせを受け続けた。それでも降りなかった。

営業の現場でも「嫌われ役」は必要です。値上げを伝える人、断る人、悪い数字を最初に持っていく人。誰かがやらなければ組織が回りません。ウッシはその役を引き受けるとき、必ずダンプ松本の1986年11月7日を思い出します。刈られると決まってからも、腕を組んで座っていたあの姿勢です。

「落ちこぼれ組」だった事実の使い方

もうひとつ。彼女は入門時、期待されていない側にいました。そこから自分で立ち位置を作った。

これは、20代を丸ごとパチスロに溶かして30歳でようやく抜けた人間としては、他人事ではありません。ウッシが年収280万円だった頃に転職先へ自分から「年収500万」を提示した話はウッシの転職覚醒記に書きましたが、与えられたポジションが不満なら、自分で名乗るしかないという点は同じです。

ダンプ松本は「極悪女王」を自分で名乗り、40年かけてそれを固有名詞にしました。だから2026年に後輩へ「10年早いんだよ」と言う資格がある。名乗ったものを40年やり切った人の言葉は強い。

📺 「今」のプロレスを観る方法

ドラマで火がついた人が次にやることは、たぶん「実際の試合を観る」だと思います。順番を整理します。

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❓ ダンプ松本に関するよくある質問

Q1. ダンプ松本は現在も現役ですか?

A. はい。2026年7月時点でも現役のプロレスラーです。直近では2026年5月23日にマリーゴールドの2周年記念大会(大田区)に出場して勝利しています。特定団体の専属ではなく複数団体に参戦し、自主興行「極悪祭」も主催しています。公式ブログも毎日更新中です。

Q2. ダンプ松本の本名と年齢は?

A. 本名は松本香(まつもと かおる)。1960年11月11日生まれで、2026年7月時点で65歳です。出身は埼玉県熊谷市。

Q3. なぜあれほど嫌われたのですか?

A. ヒール(悪役)としてそういう役を全力で引き受けたからです。凶器を使った反則攻撃で、国民的人気だったクラッシュギャルズを痛めつける立場を演じ切った結果、憎悪が本人の実生活にまで及びました。カミソリ入りのファンレター、車への傷、店の入店拒否など、実際の被害も受けています。裏を返せば、それだけ観客を試合に没入させた腕があったということです。

Q4. 髪切りマッチは何回あったのですか?

A. 長与千種との間で2回です。1回目は1985年8月28日の大阪城ホールで、ダンプ松本が11分4秒KO勝ち、長与が丸坊主になりました。2回目は1986年11月7日の同じ大阪城ホールで、ダンプが敗れて自らの髪を刈られています。いずれも当時のプロレスというジャンルの中で行われた試合形式で、現在の団体で日常的に行われているものではありません。

Q5. Netflix『極悪女王』はどこで観られますか?

A. Netflixのみです。2024年9月19日から全5話が世界独占配信されています。ABEMA・DAZN・新日本プロレスワールドといったプロレス配信サービスでは観られないので、混同しないようご注意ください。

Q6. ダンプ松本は一度引退したのですか?

A. はい。1988年2月28日、地元・熊谷市体育館での一戦を最後に引退しました(引退表明は同年1月4日の後楽園ホール。クラッシュギャルズとの引退特別試合は同月に別会場で開催)。その後はタレント・女優として活動し、2003年に約15年ぶりに現役復帰。以降20年以上、リングに立ち続けています。

当事者たちが表紙の一冊も出ています。ダンプ松本さん・ブル中野さん・アジャコングさんが自ら語った『証言 全女「極悪ヒール女王」最狂伝説』——極悪同盟の内側を本人の言葉で読めます。


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📝 まとめ:ダンプ松本は「役を降りなかった人」

  • ✅ 本名松本香、1960年11月11日生まれ、埼玉県熊谷市出身(2026年7月時点で65歳)
  • ✅ 1980年8月8日デビュー。長与千種・ライオネス飛鳥と同じ「55年組」
  • ✅ 入門時は「落ちこぼれ組」。1984年にダンプ松本へ改名し極悪同盟を結成
  • ✅ フジテレビ月曜19時ゴールデン枠(1984年7月〜1986年9月)と全盛期が重なり、女子プロレスは社会現象化
  • ✅ 髪切りマッチは1985年8月28日(勝利/観衆1万1000人)1986年11月7日(敗北/自ら刈られる)の2回
  • ✅ 悪役の代償として実生活で嫌がらせを受けたが、路線を変えなかった
  • ✅ 1988年に引退→タレント活動→2003年に現役復帰。自主興行「極悪祭」は毎回完売
  • ✅ 2024年9月19日配信のNetflix『極悪女王』(主演・ゆりやんレトリィバァ)で再ブレイク
  • 2026年5月23日にも勝利、7月時点で現役続行中

ウッシは彼女の全盛期をリアルタイムでは知りません。それでも後追いで映像と記録を追って、はっきり思うことがあります。プロレスの「悪役」という職業を、これほど遠くまで持って行った人はいない。

嫌われることを引き受けた人が、40年後に「負けるな」と言って会場を沸かせている。その事実だけで、この記事を書く理由は十分でした。

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📚 参考・出典(15件)

本記事は以下の一次情報・報道を参考に作成しています(すべて2026年7月28日にアクセス確認)。裏が取れなかった事項は記載していません。

記載内容に誤りがあれば、お問い合わせフォームよりご指摘ください。

⚠️ 注意:プロレス技・凶器を用いた攻撃は、専門訓練を受けた選手が安全管理下で行うものです。一般の方は絶対に真似しないでください。

女子プロレス列伝、次回もどうぞお楽しみに。マイペースにいきましょう🐄


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