石井智宏|長州力さんの愛弟子、NEVER王座6度の叩き上げ【闘魂列伝㊹】
※本記事はプロモーションを含みます
闘魂列伝シリーズ第44弾は、170cmの体で、団体を渡り歩いて新日本にたどり着いた叩き上げの話です。
- 何がすごい人か:天龍源一郎さんのWARでデビューし、長州力さんに弟子入り。NEVER無差別級王座を単独最多の6度獲った
- 技:垂直落下式ブレーンバスター。デイリースポーツが名手として名前を挙げている
🐄(ウッシ小声:2026年1月の東スポWEBでは50歳。そのときシングルの王者でした。50歳でベルト、です)
この記事でわかること
- WARでのデビューと、長州力さんへの弟子入り
- CHAOS、NEVER無差別級王座、G1の名勝負
- 垂直落下式ブレーンバスターなど得意技
📋 石井智宏選手 プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 石井智宏(いしい ともひろ) |
| 年齢 | 50歳(東スポWEB 2026年3月3日の記事) |
| 体格 | 170cm、100kgそこそこ(Number Web・2018年) |
| デビュー | 1996年11月、天龍源一郎さんのWAR |
| 師匠 | 天龍源一郎さん、長州力さん(東スポWEB) |
| 主なタイトル | NEVER無差別級王座(6度)/同6人タッグ王座/IWGPタッグ王座/STRONG無差別級王座 |
| 受賞 | 2014年 プロレス大賞・殊勲賞 |
| 所属 | 新日本プロレス |
🌱 WARでデビュー、長州力さんに弟子入り
石井選手は1994年、天龍源一郎さんが率いるWARに入門しました。デビューは1996年11月です。
当時のWARには、クリス・ジェリコ選手も参戦していました。
2022年に米AEWで対戦したとき、ジェリコ選手は「お前は俺にコーヒーを入れ、俺の荷物を運び、俺の靴を磨いていた」と挑発しています(東スポWEB)。
1998年にWARが解散すると、石井選手はみちのくプロレスなどのインディー団体で闘います。
転機は2002年9月のサイパンでした。
新日本を退社した長州力さんが、新団体WJプロレスの旗揚げに向けて合宿を張ります。
そこへ「運転手兼トレーニングパートナー」として紹介されたのが、石井選手でした。
合宿の最中、長州さんにプロとしての姿勢を問われ、弟子入りします。
WJの所属になってから、長州さんにかけられた言葉がこれです。
WJのあとはリキプロへ。
Number Webによると、道場のちゃんこ場には小銭をためる大きな容器がありました。
食費が足りなくなったときの備えです。
管理していたのが石井選手でした。
🐄(ウッシ小声:お金の管理を任されるのは、信用されている証拠。営業の世界でも同じです)
2004年末に長州さんが新日本へ復帰すると、石井選手も新日本のリングに上がるようになります。
最初は「どうせ長州のおまけだろ?」と言われましたが、2006年にレギュラーの座をつかみます。
2019年6月26日の長州さんの引退試合では、同じコーナーに立ちました。
Number Webは、石井選手がこの日「涙していた」と書いています。
⚔️ CHAOSと、NEVER無差別級王座
2009年4月、石井選手は矢野通選手らとユニット「CHAOS」に合流します。
CHAOSには2012年にオカダ・カズチカ選手、2016年に後藤洋央紀選手も加わりました。
くわしくはCHAOSの解説へ。
石井選手の名前といちばん結びつくベルトが、NEVER無差別級王座。
2012年に、若手主体の興行の象徴として作られました。
それが石井選手たちの手で「タフな男の称号」のような意味を持つようになった、とNumber Webは書いています。
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 2014年2月 | 内藤哲也選手を破って初めて獲った、と伝わります |
| 2014年 | プロレス大賞の殊勲賞 |
| 2016年1月4日・東京ドーム | 柴田勝頼選手に敗れて王座を失う。2月11日の大阪での再戦にも敗れる |
| 2021年11月13日・米サンノゼ | ジェイ・ホワイト選手を28分40秒、垂直落下式ブレーンバスターで破る。単独最多の6度目の戴冠(第34代) |
| 2022年1月4日・東京ドーム | EVIL選手に敗れて王座を失う |
2021年のサンノゼは、負けたらNEVERへの挑戦権を永久に失う条件でした。
勝った石井選手は、マイクを持たずに無言で引き揚げています。
柴田選手は、この王座を「ゴツゴツとしたタフマンコンテスト、我慢大会のような」と表現しています(Number Web)。
6人タッグでも記録があります。
後藤選手、YOSHI-HASHI選手とのトリオは、2021年8月10日にNEVER無差別級6人タッグ王座の9度目の防衛に成功。
連続最多防衛の記録を伸ばしました。
2023年5月3日には、オカダ選手、棚橋弘至さんと同じ王座を獲っています。
🐄(ウッシ小声:我慢大会の王座を、6回。私の我慢の最長記録は、ビールをやめた今がそうです)
🏟 G1クライマックスの名勝負
石井選手がG1に初めて出たのは2013年。
王者や無敗の選手を止めた試合が、いくつもあります。
| 日付・会場 | 相手 | 内容 |
|---|---|---|
| 2016年8月6日・大阪 | オカダ・カズチカ選手 | IWGP王者だったオカダ選手に、ブレーンバスターで勝利 |
| 2018年8月4日・大阪 | ケニー・オメガ選手 | IWGPヘビー級王者に勝利。週刊プロレスの表紙は「ケニーの連勝を石井智宏がストップ」 |
| 2019年7月19日・後楽園 | ジョン・モクスリー選手 | イスが壊れるほどの乱戦の末に敗れる |
| 2019年8月8日・横浜 | 鷹木信悟選手 | NEVER王者として敗れる。記事の見出しは「あのオッサンは不死身か」 |
| 2021年10月3日・名古屋 | ザック・セイバーJr.選手 | ひとりだけ無敗だった相手を止める |
2018年はケニー選手に勝った実績が評価され、9月15日の広島でIWGPヘビー級王座に挑戦しました。
30分55秒、片翼の天使に敗れています。
Number Webの門馬忠雄さんは、この負けを「あっぱれな負けっぷり」と書きました。
2021年のG1では、こんな言葉が残っています。
🇺🇸 49歳でSTRONG王座、2冠王者に
2025年4月11日、米シカゴ。ゲイブ・キッド選手とのSTRONG無差別級王座戦は、30分間のアイアンマンマッチでした。
1本ずつ取り合って延長戦へ。
最後は垂直落下式ブレーンバスターで決めています。
シングルの王座は約3年3か月ぶりでした。
6月15日には大阪城で、タイチ選手とIWGPタッグ王座も奪取。師匠の天龍さんが持っていた同王座の最年長戴冠記録(48歳5か月)を更新しました。
📺 動画で観る(公式)
📺 【30回目のG1CLIMAX】石井智宏 垂直落下式ブレーンバスター30連発!【Aブロック】(新日本プロレス公式YouTube)
💥 得意技:垂直に落とし、正面からぶつかる
- 垂直落下式ブレーンバスター:デイリースポーツ「プロレス技50選」が、名手として石井選手と獣神サンダー・ライガーさんの名前を挙げています。形と歴史は垂直落下式ブレーンバスターの解説、元の技はブレーンバスターのやり方へ
- ラリアート/スライディングラリアート:東スポWEBの試合記事に何度も出てくる技。2021年のザック戦では、サポーターを外してから打っています。技の基本はラリアットの解説へ
- ヘッドバット:STRONG王座を獲った試合では、打撃戦からヘッドバットを叩き込み、最後の一発につなげました
- 逆水平チョップ:2024年のジェリコ戦は、ゴングと同時にチョップの打ち合いで始まっています
- 飛び付き腕十字固め:2025年のSTRONG王座戦で、ゲイブ選手からタップを奪った技
技の系統は、ウッシのプロレス技大図鑑=プロレス技 一覧【図解】でどうぞ。
📡 石井選手の試合を観るには
団体ごとの視聴先は、プロレスはどこで観る?とプロレス配信サービス比較に整理しています。
🐄 ウッシ視点:代役の席は、黙って働く人に回ってくる
ここからは営業部長の私見です。
石井選手の経歴を並べると、「代わり」で呼ばれた場面がいくつもあります。
- 2002年:長州さんの合宿に、運転手兼トレーニングパートナーとして呼ばれる
- 2022年:出場予定だった選手の欠場で、急きょIWGP・USヘビー級王座の決定戦に出る
- 2023年:棚橋さんの欠場で、6人タッグ王座戦のパートナーに名乗りを上げる
2022年のとき、石井選手はこの偶然を「必然」と言い切りました。
私は20歳のとき、卸の会社でドライバーをしていました。
21歳で営業に移り、最初のメーカー研修で「お前ら代理店は営業失格だ」と言われています。
長州さんの「勝てないおまえは、新日本以上の練習をするしかない」は、あのころの自分に聞かせたい言葉です。格で負けているなら、量と準備で埋めるしかありません。
🐄(ウッシ小声:小学生のころの推しは、新日本のジュニア戦士でした。小さい人が大きい人に向かっていく試合に、いまも弱いです)
❓ よくある質問
Q. 石井智宏選手の師匠は誰ですか?
A. デビューしたのは天龍源一郎さんのWARで、2002年9月のサイパン合宿をきっかけに長州力さんに弟子入りしました。
東スポWEBは「師匠・天龍源一郎」とも「長州を師匠に持つ」とも書いています。
Q. NEVER無差別級王座は何度獲りましたか?
A. 単独最多の6度です。
6度目は2021年11月13日、米サンノゼでジェイ・ホワイト選手を破ってのものでした。
Q. 石井智宏選手の必殺技は?
A. 垂直落下式ブレーンバスターです。
2021年のNEVER王座も、2025年のSTRONG王座も、最後はこの技でした。
📝 まとめ:石井智宏選手は「リング上がすべて」の人
- 天龍さんのWARでデビューし、長州さんに弟子入り
- NEVER無差別級王座は単独最多の6度。2025年には49歳で2冠王者に
- 技は垂直落下式ブレーンバスター
闘魂で、人生を叩き上げろ。
マイペースにいきましょう🐄
⚠️ 注意:プロレスの技は専門訓練を受けた選手が安全管理下で行うものです。投げ技も打撃も、絶対に真似しないでください。
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📚 参考・出典(19件)
すべて2026年10月10日に開いて確認しました。引用内の全角数字は半角に置き換え、原文の丸括弧の補足は一部省略しています。公式YouTubeは題名と投稿者で照合しました。
2025〜2026年
- 東スポWEB(2026年1月21日) ── 年齢の表記
- 東スポWEB(2025年6月15日) ── IWGPタッグ王座の奪取/最年長戴冠記録/「師匠・天龍源一郎」
- 東スポWEB(2025年4月12日) ── STRONG無差別級王座の奪取
経歴
- Number Web(2019年6月4日)1ページ目/2ページ目/3ページ目 ── 1994年のWAR入門/解散後のインディー時代/2002年9月のサイパン合宿/長州さんの言葉/2006年のレギュラー定着/6月26日の試合
- Number Web(2019年7月23日)1ページ目/2ページ目/3ページ目 ── モクスリー戦/リキプロの小銭の容器/長州さんの引退試合での涙/G1初出場は2013年
- Number Web(2018年10月16日) ── 170cm/1996年11月のデビュー/2018年8月4日のケニー戦/9月15日のIWGP挑戦
- 東スポWEB(2022年11月24日)/(2024年11月28日) ── ジェリコ選手の言葉/逆水平チョップの打ち合い
- 東スポWEB(2022年3月1日)/(2025年3月6日)/(2016年3月15日) ── 2009年4月のCHAOS合流/オカダ選手の合流/後藤選手の加入
- 東スポWEB(2023年7月5日) ── 「石井は長州を師匠に持つ」
- プロレス大賞公式サイト:2014年 ── 殊勲賞
NEVER無差別級王座とG1
- Number Web(2016年2月16日)2ページ目 ── 王座の成り立ち/2016年1月4日と2月11日の柴田戦/柴田選手の言葉
- 東スポWEB(2021年11月14日)/(2022年1月21日) ── 6度目の戴冠/1月4日の陥落
- 東スポWEB(2021年8月11日)/(2023年5月3日) ── 6人タッグ王座の9度目の防衛/オカダ選手・棚橋さんとの戴冠
- Number Web(2016年8月10日)2ページ目/3ページ目 ── 2016年8月6日のオカダ戦
- BBMスポーツ(週刊プロレス No.1970) ── 表紙「ケニーの連勝を石井智宏がストップ」
- デイリースポーツ(2019年8月9日) ── NEVER王者としてのG1/鷹木選手の言葉
- 東スポWEB(2021年10月4日)/(10月8日) ── ザック戦/「リング上がすべて」
- 東スポWEB(2022年4月30日) ── US王座決定戦への代替出場/「必然」
技
- デイリースポーツ:プロレス技50選【19】垂直落下式ブレーンバスター ── 技の形/名手
動画は新日本プロレス公式チャンネルのものです。試合の予定は変わります。最新の情報は新日本プロレス公式でご確認ください。
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