越中詩郎|侍戦士、初代IWGPジュニア王者と平成維震軍の全記録【闘魂列伝㊼】
※本記事はプロモーションを含みます
「やってやるって!」
この一言で、会場の空気を変えてしまう人がいます。
闘魂列伝シリーズ第47弾は、「侍戦士」越中詩郎選手です。
全日本プロレスで育ち、1985年に新日本プロレスへ。初代のIWGPジュニアヘビー級王者になり、のちに平成維震軍の大将として、新日本の本隊に反旗をひるがえしました。
- 新日本の初代ジュニア王者:1986年2月6日、初代IWGPジュニアヘビー級王者に
- 平成維震軍の大将:1992年に反選手会同盟を結成し、のちに平成維震軍へ。新日本の中の「反体制」を率いた
- いまも現役:2024年にデビュー45周年。「まだまだやってやるって!」
この記事でわかること
- 全日本プロレスでのデビューから、新日本へ移った理由
- 初代IWGPジュニア王座と、高田延彦さんとの名勝負
- 反選手会同盟から平成維震軍へ
- 得意のヒップアタックと「やってやるって!」
📋 越中詩郎選手 プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 越中詩郎(こしなか しろう) |
| 生年月日 | 1958年9月4日 |
| 出身 | 東京都江東区 |
| 体格 | 185cm・105kg |
| デビュー | 1979年3月5日、全日本プロレス(館山大会) |
| 新日本 | 1985年に移籍 → 2003年1月に契約満了で退団 |
| 主なタイトル | 初代IWGPジュニアヘビー級王座/IWGPタッグ王座(武藤敬司さんと、ほか) |
| 異名 | 侍戦士、ド演歌ファイター |
🌱 第1章:全日本プロレスでデビュー、メキシコで「サムライ・シロー」に
越中詩郎選手は1958年9月4日、東京都江東区に生まれました。
1978年7月に全日本プロレスへ入門し、1979年3月5日、館山大会でデビューしています。
1984年3月には、三沢光晴さんとともにメキシコへ遠征し、「サムライ・シロー」の名前で戦いました。
東スポWEBによると、全日本時代の先輩・ジャンボ鶴田さんは、後輩に「偉そうにしちゃダメだよ」とよく言っていたそうです。
⚔️ 第2章:1985年、新日本プロレスへ
1985年、越中選手は新日本プロレスへ移ることを決めます。
7月に帰国し、8月1日の両国大会で入団の挨拶をしました。
東スポWEBの2024年のインタビューで、越中選手は新日本でアントニオ猪木さん、坂口征二さん、藤波辰爾選手、長州力さんと出会えたことに感謝していると語っています。
長州さんからかけられた言葉も、長く続けられた理由のひとつだと振り返っています。
👑 第3章:初代IWGPジュニア王者と、高田延彦さんとの名勝負
1986年2月6日、越中選手はIWGPジュニアヘビー級王座の決定リーグ戦の決勝でザ・コブラさんを破り、初代王者になりました。
IWGPジュニアヘビー級王座の歴史は、ここから始まりました。
この王座をめぐって火花を散らしたのが、高田延彦さんです。
高田さんの打撃を受けても、受けても、前に出る。その戦いぶりは「耐える美学」「人間サンドバッグ」と表現されました。
1987年3月20日には、武藤敬司さんと組んでIWGPタッグ王座も獲っています。
1988年2月7日には「TOP OF THE SUPER Jr.」で優勝しました。
🔥 第4章:反選手会同盟から平成維震軍へ
1992年7月31日、越中選手は頭を剃り上げ、反選手会同盟を結成します。
新日本の中で、本隊に反旗をひるがえす集団です。
反選手会同盟は、のちに平成維震軍と名前を変えました。
1994年11月13日には、東京ベイNKホールで旗揚げ戦を開いています。相手はタイガー・ジェット・シンさんでした。
東スポWEBによると、越中選手が東京スポーツの「プロレス大賞」の授賞式に出たのは、1992年に反選手会同盟として最優秀タッグ賞を受けたときだけだそうです。
平成維震軍は1999年2月22日に解散しました。
2024年9月、越中選手は亡くなった小林邦昭さんをしのび、こう語っています。
💥 第5章:得意技——ヒップアタックと侍の技
越中選手の代名詞は、ヒップアタックです。
お尻から相手にぶつかっていく、シンプルで分かりやすい技です。コーナーから飛ぶダイビング・ヒップアタック、ミサイル・ヒップアタック、低空式など、いくつもの型を持っています。
ほかにも、侍パワーボム、侍ドライバー’84、ドラゴン・スープレックスなどを使ってきました。
パワーボムの基本はパワーボムの解説へ。
🎤 第6章:「やってやるって!」と、越中ブーム
越中選手には、語尾に「〜やるって!」をつける話し方の癖があり、「やるって節」と呼ばれてきました。
2007年には、芸人のケンドーコバヤシさんがテレビ番組『アメトーーク!』で越中選手を紹介したことをきっかけに、「越中ブーム」が起きています。
同じ2007年には、ケンドーコバヤシさんとの共著『やってやるって!!』(扶桑社)も出ました。
2024年8月の45周年大会には、ケンドーコバヤシさんも駆けつけ、「おめでとうございますだって!」と祝福しています(東スポWEB)。
🏟 第7章:新日本を離れても、ずっと現役
越中選手は2003年1月、契約満了で新日本プロレスを退団しました。
その後はフリーとして、さまざまなリングに上がっています。
2024年8月24日、全日本プロレスの後楽園ホール大会でデビュー45周年の記念試合に臨み、ヒップアタックを10発。「全日本に帰ってこられてありがたい」と語りました。
11月には2AWのリングで、永田裕志選手と戦っています。
永田選手は「平成維震軍のころからよく胸を借りて戦ってきました」と語っていました。
2025年1月、東京スポーツのプロレス大賞の授賞式に姿を見せた越中選手は、新日本の社長になった棚橋弘至さんについてこう話しています。
離れたあとも、新日本のことを気にかけている。そんな言葉です。
🐄 ウッシ視点:受けて、受けて、最後に出る
ここからは営業部長の私見です。
越中選手の経歴を並べて目に入るのは、「耐える美学」「人間サンドバッグ」という言葉です。
高田さんの蹴りを受け続けて、それでも前に出る。営業の仕事も、断られて、断られて、それでも次の一軒に向かう日の連続です。
長州さんの「家でテレビを見る時間があるんだったら道場に来て汗を流せ」は、営業なら「家でぼやく時間があるなら、明日の準備をしろ」でしょうか。耳が痛いです。
🐄(ウッシ小声:お尻の大きさだけなら、私も負けていない自信があります。)
❓ よくある質問
Q. 越中詩郎選手はいまも現役ですか?
A. 2024年8月にデビュー45周年の記念試合を行い、同年11月にも試合に出ています(東スポWEB)。
Q. 「やってやるって!」はどこから来た言葉ですか?
A. 越中選手には語尾に「〜やるって!」をつける話し方の癖があり、「やるって節」と呼ばれてきました。
2007年には、ケンドーコバヤシさんとの共著『やってやるって!!』も出ています。
Q. 平成維震軍とは何ですか?
A. 1992年に越中選手が結成した反選手会同盟が、のちに名前を変えた集団です。
新日本の中で本隊に反旗をひるがえし、1999年2月22日に解散しました。
Q. 越中詩郎選手は新日本でどんな記録を持っていますか?
A. 1986年2月6日に初代のIWGPジュニアヘビー級王者になりました。
1987年には武藤敬司さんとIWGPタッグ王座も獲っています。
📝 まとめ:越中詩郎選手は「耐えて、前に出る侍」
- 1979年に全日本プロレスでデビューし、1985年に新日本プロレスへ
- 1986年、初代IWGPジュニアヘビー級王者
- 高田延彦さんとの戦いは「耐える美学」と呼ばれた
- 1992年に反選手会同盟を結成し、平成維震軍へ
- 2024年にデビュー45周年。「まだまだやってやるって!」
闘魂で、人生を叩き上げろ。
マイペースにいきましょう🐄
⚠️ 注意:プロレスの技は専門訓練を受けた選手が安全管理下で行うものです。ヒップアタックも含めて、絶対に真似しないでください。
📺 新日本プロレスの試合を観てみたい人へ:テレビ・配信でどこが観られるかはプロレス配信サービス比較、会場で観るならプロレス観戦が初めてでも大丈夫(観戦ガイド)にまとめています。
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📺 闘魂列伝シリーズ
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📚 参考・出典(7件)
すべて2026年10月24日に開いて確認しました。
- Wikipedia「越中詩郎」 ── 生年月日・出身・体格/1978年7月入門・1979年3月5日デビュー/1984年3月のメキシコ遠征「サムライ・シロー」/1985年の移籍の流れ(8月1日の入団挨拶)/1986年2月6日の初代IWGPジュニア王座/「耐える美学」「人間サンドバッグ」/1987年3月20日のIWGPタッグ王座/1988年2月7日のTOP OF THE SUPER Jr.優勝/1992年7月31日の反選手会同盟/1994年11月13日の平成維震軍旗揚げ戦/1999年2月22日の解散/得意技/「やるって節」と共著『やってやるって!!』(2007年)/2007年のアメトーーク!と越中ブーム/2003年1月の退団
- 東スポWEB「デビュー45周年の越中詩郎がジャンボ鶴田、長州力から授かった〝金言〟を明かす」(2024年8月15日) ── 鶴田さんの言葉/長州さんの言葉/新日本での出会いへの感謝
- 東スポWEB「越中詩郎 45周年メモリアルでヒップアタック10発」(2024年8月24日) ── 8月24日・全日本プロレス後楽園ホール大会
- 東スポWEB 越中詩郎の記事一覧 ── 2024年9月10日の小林邦昭さんの追悼/11月の2AW・永田裕志選手戦/ケンドーコバヤシさんの祝福
- 東スポWEB「【プロレス大賞】越中詩郎 新日本・棚橋弘至社長に〝営業〟」(2025年1月8日) ── 棚橋さんについての言葉/1992年の最優秀タッグ賞
- 東スポWEB(2024年11月24日) ── 45周年記念試合・永田選手の言葉
- スポルティーバ(集英社) ── 新日本と全日本の両団体で活躍した”侍戦士”
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