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【黒船列伝⑤】アブドーラ・ザ・ブッチャー|フォークで流血を彩った"魔王"の正体
— 黒船列伝 —

【黒船列伝⑤】アブドーラ・ザ・ブッチャー|フォークで流血を彩った"魔王"の正体

USSIBLOG
📖 この記事の目次
  1. 📋 アブドーラ・ザ・ブッチャー プロフィール
  2. 🌱 カナダの貧しい家から「流血の魔王」へ
  3. 🌍 「悪役なのに大人気」という、プロレスならではの逆説
  4. 🇯🇵 日本との縁|全日本プロレスと「ブッチャーブーム」
  5. 🥊 伝説の抗争|テリー・ファンクと「フォークの惨劇」
  6. 📺 動画で観る(公式)
  7. 🩸 「流血」と、額に刻まれた無数の傷
  8. 😌 リング外の素顔|「流血の魔王」は、温厚な親日家だった
  9. 💼 サラリーマンがブッチャーから学ぶ3つの教訓
  10. 📺 ブッチャーの試合を「今」観る方法
  11. ❓ アブドーラ・ザ・ブッチャーに関するよくある質問
  12. 📝 まとめ:アブドーラ・ザ・ブッチャーは「愛された悪役」
  13. 🔗 あわせて読みたい
  14. 📚 参考・出典

※本記事はプロモーションを含みます

「フォークで相手を刺す、血まみれの悪役レスラー……って、さすがに作り話でしょ?」

20代・30代の方なら、そう思うかもしれません。

でも、本当にいたのです。リングの上で凶器のフォークを握りしめ、相手の額を突き、自分の額からも血を流しながら笑う——。そんな“悪夢のような男”が、昭和の日本のお茶の間を毎週のように震え上がらせていました。

その名は、アブドーラ・ザ・ブッチャー。異名は「流血の魔王」。

「ブッチャー(Butcher)」とは、英語で「肉屋・屠殺人」という意味です。リングネームからして、もう穏やかではありません。

新シリーズ「黒船列伝」——海の向こうからやってきて日本のリングを揺らした“外敵”たちを追うこのシリーズ。その第五弾に、私はこの男を選びました。

なぜか。彼は「悪役(ヒール)という存在が、これほどまでに愛され、人気者になれるのか」を証明した、プロレス史の生き証人だからです。

そして——ここが今回いちばん書きたかったところ。リングの上ではあれほど残虐だったこの男が、一歩リングを降りると、驚くほど温厚で涙もろい親日家だった。そのギャップにこそ、ブッチャーという人間の本当の面白さが詰まっています。

「プロレスを知らない世代」のあなたに、なぜブッチャーが今でも語り継がれるのか、丁寧に翻訳してお伝えします。

📋 アブドーラ・ザ・ブッチャー プロフィール

まず基本データから。あなたの親世代にとっては、テレビの中で本当に「怖い外国人レスラーの代名詞」でした。

項目内容
リングネームアブドーラ・ザ・ブッチャー
本名ローレンス・ロバート・シュリーヴ(Lawrence Robert Shreve)
生年月日1941年1月11日(存命・高齢
出身カナダ(オンタリオ州ウィンザー)
異名流血の魔王 / 黒い呪術師
リング上の設定スーダンの狂人」(あくまで興行上の設定で、実際はカナダ出身)
代名詞の技地獄突き(喉元への突き)/ エルボードロップ
凶器フォークなど(相手の額を攻撃する“様式美”の流血ファイト)
日本での主戦場全日本プロレス(後に新日本プロレスにも参戦)
主な抗争テリー・ファンク/ザ・ファンクス、ジャイアント馬場 ほか
栄誉WWE殿堂入り(2011年

📝 ここがポイント:出身地は、リング上では「スーダン出身の狂人」という設定で売り出されていましたが、これは興行上のキャラクター設定で、実際にはカナダ・オンタリオ州ウィンザーの出身です。プロレスの世界では、選手の出自を“物語”として演出するのが通例でした。ブッチャーの「謎の異国の魔人」というイメージも、その演出の一つだったわけです。

★★★★☆ 黒船列伝 VOL.05
アブドーラ・ザ・ブッチャー
"流血の魔王" / 黒い呪術師
👁 見た目
黒光りする巨体に、突き出た腹。そして何より、額を覆い尽くす無数のカミソリ傷——流血の歴史そのものが刻まれた額と、カッと見開いた双眼。一目見たら忘れられない、魔王の面構え。
⚔️ STATUS※プロレス30年・ウッシの独断評価
🥊 パワー8
⚡ スピード3
🎯 テクニック4
🔋 スタミナ6
😈 ヒール度10
👑 カリスマ9
🥋 得意技
地獄突き 毒針エルボードロップ フォーク(凶器)攻撃 ヘッドバット
👑 主な戴冠歴
1978PWFヘビー級王座vs ビル・ロビンソン
💥 必殺技
地獄突き
バンテージで固めた指を槍のように喉元へ突き込む、空手殺法の貫手。額を割り、相手を流血に沈める——その光景は、昭和の様式美として語り継がれている。
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“黒い呪術師”ブッチャーの流血の美学。書籍・映像で伝説を辿る。
書籍『ブッチャー』アブドーラ・ザ・ブッチャー 表紙
『ブッチャー』(アブドーラ・ザ・ブッチャー/東邦出版)
"黒い呪術師"が自らの半生を語った一冊。額の傷の数だけ物語がある——本記事の先を知りたい人へ。

🌱 カナダの貧しい家から「流血の魔王」へ

大家族の中で育った少年

ブッチャーは1941年、カナダのオンタリオ州ウィンザーに生まれました。

伝えられるところによると、彼は大家族の、決して裕福とは言えない家庭で育ったとされています。後に世界中を血まみれにする“魔王”も、出発点は一人の普通の少年でした。

やがてプロレスの世界に入った彼は、ある決断をします。それは「自分を“異国から来た、言葉も通じない狂人”として売る」というキャラクター戦略でした。

リング上では英語をしゃべらない(本当はカナダ育ちなので英語が母国語なのですが)。出身も「スーダン」という、当時の観客にとって遠い異国に設定する。こうして「何を考えているか分からない、得体の知れない魔人」というキャラクターが完成しました。

「悪役」を徹底的に演じきるという仕事

ブッチャーがすごかったのは、この設定を数十年にわたって演じきったことです。

リングに上がれば、フォークを握り、相手を突き、流血させる。自分の額も傷だらけにする。観客は「うわ、なんて奴だ」と総毛立つ。でも——だからこそ、目が離せない。

これは現代でいえば、「憎まれ役」を本気で引き受けられる稀有なプロに近いかもしれません。誰だって「いい人」と思われたい。でも、興行を成立させるには「心から憎める悪役」が絶対に必要なのです。ブッチャーは、その損な役回りを、誰よりも徹底してやり抜きました。

🌍 「悪役なのに大人気」という、プロレスならではの逆説

「強くて格好いいヒーロー」が人気者になるのは、当たり前です。

しかしブッチャーが特別だったのは、極悪非道のヒール(悪役)でありながら、絶大な人気者になったという点です。

これは、プロレスという文化を知らないと少し不思議に感じるかもしれません。普通、嫌われ役は嫌われて終わりです。でもプロレスの世界では、「この悪役を、いつか正義の側がやっつけてくれ」という観客の願いそのものが、興行を熱くします。

つまりブッチャーは、会場全体の“憎しみ”と“期待”を一身に背負える、数少ない器だったのです。彼が暴れれば暴れるほど、それを倒すヒーロー側の試合が輝く。悪役が一流であればあるほど、物語全体が面白くなる——。

📝 ちなみに:ブッチャーは、その独特の風貌とインパクトから、当時の日本でCMなどにも数多く起用されたと伝えられています。「怖い悪役」が、お茶の間で愛されるキャラクターにまでなった——。これは、彼が単なる“怖いだけの人”ではなかったことの何よりの証拠です。

🇯🇵 日本との縁|全日本プロレスと「ブッチャーブーム」

ブッチャーと日本の縁は、とても深いものでした。

伝えられるところでは、彼の来日回数は140回を超え、外国人レスラーとしては歴代でも最多クラスだったとされています。それだけ、日本のファンは彼を“呼び続けた”のです。

特に主戦場となったのが、全日本プロレス。ジャイアント馬場が率いるこの団体で、ブッチャーは“悪役エース外国人”の座を確立していきます。

馬場との一戦は、独特の空気を持っていました。馬場の必殺技「脳天唐竹割り(脳天チョップ)」がブッチャーの額を割り、血まみれになったブッチャーが今度は「地獄突き」で馬場の喉元をえぐる——。観客は、その緊張と興奮の渦に飲み込まれていきました。

馬場って誰

ジャイアント馬場は、力道山の弟子で、全日本プロレスを創設した日本プロレス界の大巨人。アントニオ猪木と並んで「昭和プロレスの二大巨頭」と語られる存在です。その馬場が手を焼く“最強の悪役”としてブッチャーは君臨し、二人の攻防は全日本の名物カードになりました。

そして1981年には、ブッチャーは全日本から新日本プロレスへ電撃移籍します。これは当時「外国人レスラー引き抜き戦争」と呼ばれた、団体間の激しい人材争奪戦の象徴的な出来事でした。一人の悪役レスラーの去就が、業界全体を揺るがすニュースになる——。それだけ彼の“商品価値”が大きかったということです。

🥊 伝説の抗争|テリー・ファンクと「フォークの惨劇」

ブッチャーを語るうえで、絶対に外せない一戦があります。

ザ・ファンクス(テリー・ファンク&ドリー・ファンク・ジュニアの兄弟タッグ)との抗争です。

【1977年12月】蔵前国技館「世界オープンタッグ選手権」

舞台は1977年12月、蔵前国技館。全日本プロレスの「世界オープンタッグ選手権」、その最終戦でした。

この試合でブッチャーは、人気者だったテリー・ファンクの腕にフォークを突き刺すという、当時としては衝撃的な攻撃を見せました。お茶の間は戦慄し、テリーへの同情と、ブッチャーへの怒りが日本中に渦巻きました。

そして、ここがプロレスの面白いところです。観客が悪役を憎めば憎むほど、それに立ち向かうテリー・ファンクが輝いたのです。

テリー・ファンクは、この抗争を通じて日本で爆発的な人気を得ます。「悪役ブッチャー vs 不屈のテリー」という対立構図は、昭和プロレスを代表する名物となり、これがいわゆる「ブッチャーブーム」をさらに加速させました。

悪役が一流だったからこそ、ヒーローもまた一流になれた——。ブッチャーとテリーは、まさに“好敵手”という言葉がふさわしい関係だったのです。

📝 補足:流血や凶器を使った攻防は、プロレスにおける一つの“様式美”として演出されてきた側面があります。本記事では、その残虐さを面白半分に強調するのではなく、当時の興行文化・物語の一部として、節度をもってご紹介しています。

📺 動画で観る(公式)

📺 鶴田 vs ブッチャー チャンピオンカーニバル決勝(日本テレビ公式プロレスアーカイブ)

🩸 「流血」と、額に刻まれた無数の傷

ブッチャーの代名詞といえば、やはり「流血」です。

異名「流血の魔王」が示すとおり、彼の試合は血を抜きには語れません。そして象徴的なのが、彼自身の額に刻まれた、無数の傷です。

プロレスの世界には、額をわずかに切って出血を演出する技術(“ブレーディング”などと呼ばれます)がありました。ブッチャーは長いキャリアの中でこれを繰り返したため、その額は数えきれないほどの傷跡で深く刻まれていったと伝えられています。

📝 ここは敬意をもって:彼の額の傷は、観客を楽しませるために自らの体に刻み続けた“仕事の痕跡”でもありました。一人のプロが、自分の肉体を張って何十年も興行を支え続けた——。その事実には、ただ静かに敬意を表したいと思います。決して真似してはいけない、という大前提のうえで、です。

私は、この流血をただ「グロテスクなもの」として書くつもりはありません。

それは、ブッチャーという男が「観客の感情を最大限に揺さぶる」ために選んだ、彼なりの表現でした。怖がらせ、憎ませ、そして最後に倒される——。その物語を完成させるために、彼は自分の体まで差し出していたのです。

😌 リング外の素顔|「流血の魔王」は、温厚な親日家だった

さて、ここからが今回いちばんお伝えしたい話です。

あれほどリング上で残虐だったブッチャーは、一歩リングを降りると、まったく別の顔を持っていました

伝えられるところによると、彼は非常に温厚で、涙もろく、人情に厚い人物だったとされています。控室では日本人レスラーたちとにこやかに談笑していた、という目撃談も残っています。リング上の“魔王”からは想像もできない、優しい素顔です。

そして彼は、根っからの親日家でもありました。日本で稼いだお金を元手に、本拠地アメリカ・アトランタで自分の名前を冠したレストラン(リブ料理などの店)を経営していたことでも知られています。「流血の魔王」が、エプロンをつけて料理をふるまう——。そのギャップだけで、なんだか愛おしくなってきませんか。

このギャップこそが、ブッチャーという人間の核心だと、私は思います。

リングの上では、誰よりも憎まれる悪役を演じきる。リングの外では、誰よりも温かい一人の人間に戻る。 その切り替えこそが、彼の“プロフェッショナリズム”そのものでした。

仕事で「嫌われ役」「厳しい役」を引き受ける人は、世の中にたくさんいます。でも、その人がプライベートでまで“嫌な人”とは限らない。むしろ、損な役回りを引き受けられる人ほど、本当は優しかったりする。ブッチャーは、そのことを体現していました。

💼 サラリーマンがブッチャーから学ぶ3つの教訓

血まみれの魔王の人生にも、現代のサラリーマンに刺さる教訓が詰まっています。

教訓①:「憎まれ役」を引き受けられる人が、組織を回す

ブッチャーの仕事は、徹底して「嫌われること」でした。誰もやりたがらない悪役を、彼は一流の仕事として全うしました。

サラリーマンの世界でも、これは本質を突いています。チームには、必ず「言いにくいことを言う人」「嫌われ役を買って出る人」が必要です。みんながいい顔だけしていたら、組織は前に進みません。

そして大事なのは、ブッチャーがリングを降りれば温厚だったように、“役回り”と“その人自身”は別物だということ。職場で厳しい役を演じている人を、それだけで「嫌な人」と決めつけない。そういう視点を持てる人は、チームの中で誰よりも信頼されます。

教訓②:「自分にしかない一点」を、徹底的に磨く

ブッチャーの武器は、流麗な技でも、整った見た目でもありませんでした。「他の誰にも代われない、唯一無二のインパクト」です。

サラリーマンの世界でも、これは効いてきます。器用に何でもこなせる人より、「この件ならあの人」と名前が浮かぶ人のほうが、結局は強い。

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教訓③:「稼いだら、次の備えにつなげる

ブッチャーは、日本で稼いだお金を元手に、自分のレストランを開きました。リングの上で体を張って得たものを、次の暮らしの形に変えていこうとしたわけです。

サラリーマンに翻訳すれば、「入ってきたお金を、ただ使い切らない」こと。給料やボーナスを、少しでも将来の備えに回せる人は、いざという時に強い。

ブッチャーのように体を張る仕事ではなくても、私たちの体も気力も、いつまでも同じではありません。現役のうちにコツコツ資産形成しておくこと——これはサラリーマンにとって、いちばん地味で、いちばん大事な“備え”です。

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📺 ブッチャーの試合を「今」観る方法

ブッチャーの試合や名場面を観たくなった方のための視聴ガイド。

サービス月額ブッチャー関連おすすめ度
YouTube(公式)無料全日本時代の名場面・テリー戦のハイライト等⭐⭐⭐⭐⭐
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まずはYouTubeでブッチャー vs テリー・ファンクの抗争の映像を探してみてください。約半世紀前の映像でも、なぜこの悪役が日本中を熱狂させたのかが、一瞬で伝わってきます。そこから「昔のプロレスってこんなに面白いのか」と気づいたら、有料サービスで深掘りしていくのがおすすめです。

詳しい配信比較はプロレスはどこで観る?DAZN・ABEMA・新日本ワールドを徹底比較もご参考にどうぞ。

❓ アブドーラ・ザ・ブッチャーに関するよくある質問

Q1. アブドーラ・ザ・ブッチャーは何が凄かったの?

A. 「極悪非道の悪役(ヒール)でありながら、絶大な人気者になった」ことです。普通、嫌われ役は嫌われて終わりますが、ブッチャーは観客の“憎しみ”と“いつか倒されてほしいという期待”を一身に背負える、数少ない器でした。悪役が一流だからこそ、それを倒すヒーローも輝いた——。彼はその逆説を体現した存在です。

Q2. 本当にスーダン出身なの?

A. いいえ。リング上では「スーダンの狂人」という設定で売り出されていましたが、これは興行上のキャラクター演出です。実際はカナダ・オンタリオ州ウィンザーの出身で、英語が母国語でした。当時のプロレスでは、選手の出自を“謎めいた物語”として演出するのが通例でした。

Q3. ブッチャーは日本でも試合したの?

A. しています。それも、来日回数は140回を超えたと伝えられ、外国人レスラーとしては歴代最多クラスでした。特に全日本プロレスを主戦場とし、ジャイアント馬場やテリー・ファンクとの抗争で「ブッチャーブーム」と呼ばれる人気を巻き起こしました。後には新日本プロレスにも参戦しています。

Q4. テリー・ファンクとの抗争って何がそんなに有名なの?

A. 1977年12月、蔵前国技館での「世界オープンタッグ選手権」で、ブッチャーが人気者テリー・ファンクの腕にフォークを突き刺した一戦が特に有名です。お茶の間が戦慄し、それに立ち向かうテリーが爆発的な人気を得ました。「悪役ブッチャー vs 不屈のテリー」という構図は、昭和プロレスを代表する名物となりました。

Q5. リングの外ではどんな人だったの?

A. 意外なことに、非常に温厚で涙もろく、人情に厚い親日家だったと伝えられています。控室で日本人レスラーと和やかに談笑していたという証言もあり、本拠地アトランタでは自分の名を冠したレストランを経営していたことでも知られます。リング上の“魔王”とのギャップこそ、ブッチャーの魅力でした。なお、ブッチャーは2011年にWWE殿堂入りを果たしています。

📝 まとめ:アブドーラ・ザ・ブッチャーは「愛された悪役

  • ✅ 本名ローレンス・ロバート・シュリーヴ。1941年、カナダ生まれ(存命)
  • ✅ 異名は「流血の魔王」「黒い呪術師」
  • ✅ リング上の「スーダン出身」は設定で、実際はカナダ・ウィンザー出身
  • ✅ 代名詞の技は地獄突き(喉元への突き)とエルボードロップ
  • ✅ フォーク等の凶器による流血ファイトで、自身の額も傷だらけに
  • ✅ 来日140回超とされ、外国人レスラー歴代最多クラス
  • ✅ 全日本プロレスで悪役エースに。テリー・ファンクとの抗争が伝説
  • ✅ 1981年、全日本から新日本へ電撃移籍
  • ✅ リング外は温厚な親日家で、アトランタでレストランを経営
  • ✅ 2011年、WWE殿堂入り

ブッチャーは、ただ怖いだけの悪役ではありませんでした。「憎まれること」を一流の仕事として引き受け、自分の体まで張って、何十年も興行を支え続けた一人のプロでした。そしてリングを降りれば、誰よりも温かい人間に戻る——。その鮮やかなギャップこそが、彼が今も愛され続ける理由です。

黒船列伝の第五弾に、私はあえてこの“悪役”を選びました。ヒーローだけでは、物語は完成しない。憎まれ役を本気でやり抜く者がいて初めて、リングは輝く——。そのことを、ブッチャーは誰よりも教えてくれるからです。

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📚 参考・出典

本記事は、以下の公式サイト・報道などを参考に作成しています(2026年6月時点)。一部のエピソード(来日回数・レストラン経営など)は諸説あり、断定を避けて記載しています。

記載内容に明らかな誤りがあれば、お問い合わせフォームよりご指摘ください。

⚠️ 注意:プロレス技や流血の演出は、専門訓練を受けた選手が安全管理下で行うものです。一般の方は絶対に真似しないでください。

📺 黒船列伝シリーズ 第5回

今回は、リングの上では誰よりも憎まれ、リングの外では誰よりも愛された悪役、アブドーラ・ザ・ブッチャーを取り上げました。次回は、また別の次なる黒船——海の向こうから日本のリングを揺らしにきた“外敵”を取り上げる予定です。誰が登場するかは、どうぞお楽しみに。

それでは、また次回。営業部長のウッシでした。マイペースにいきましょう!🐄