本間朋晃 引退【闘魂列伝㉖】"こけし"が愛された理由と、頸髄損傷から蘇った男の物語
※本記事はプロモーションを含みます。
「本間朋晃が引退するって本当?」
「あの”こけし”の人、もう試合しないの?」
2026年7月4日、そんなニュースがプロレスファンの間を駆け巡りました。新日本プロレスの人気者、“みんなのこけし”こと本間朋晃選手が、地元・山形の大会前のリング上で現役引退を表明したのです。
闘魂列伝シリーズ26人目は、この報に合わせて――本間朋晃選手を取り上げます。デスマッチの荒くれ者から、老若男女に愛される”こけし”へ。
そして頸髄損傷という命に関わる大ケガから、もう一度リングに帰ってきた男。観戦歴30年のウッシが、じっくり解説していきます。
本間朋晃選手(表明時49歳)は2026年7月4日、地元・山形で行われた大会前のリング上で現役引退を表明しました。古傷の首の不調が理由です。
- 引退試合は来年(2027年)の山形大会で実施予定(本人はXで「2027年の7月くらいに山形県で」と投稿。正式な日程・会場は未発表)
- それまでの約1年間は試合に出場せず、新日本の会場でサイン会を行う意向
- 2017年3月の頸髄損傷、2026年5月の検査での頸椎変形が決断の要因
「悩んで悩んで決めました。引退します」。人目をはばからず涙を流した本間選手の会見は、多くのファンの胸を打ちました。
この記事では、なぜ本間選手がここまで愛されたのか、そして”こけし”が背負ってきた物語をたどっていきます。
この記事でわかること
- 本間朋晃選手の引退報道の正確な事実関係
- デスマッチ王から”みんなのこけし”になるまでの歩み
- 2017年の中心性頸髄損傷と、2018年の奇跡の復活
- 盟友・真壁刀義選手との絆
- 挫折から蘇った本間選手から、働く私たちが受け取れるもの
📋 本間朋晃選手 プロフィール
まずは基本データから。デスマッチの荒野で名を上げ、新日本で”みんなのこけし”として花開いた――そんな異色の経歴を持つレスラーです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| リングネーム | 本間朋晃(ほんま ともあき) |
| 本名 | 本間 朋晃 |
| 生年月日 | 1976年(昭和51年)11月18日(49歳) |
| 出身 | 山形県東根市 |
| 身長/体重 | 約180cm / 約93kg |
| デビュー | 1997年5月18日(大日本プロレス) |
| 主な所属 | 大日本プロレス → 全日本プロレス → 新日本プロレス(2009年正式入団。2013年からはフリーとして参戦) |
| 代表必殺技 | こけし(ダイビングヘッドバット)/こけしロケット/ホンマクラッチ |
| 異名 | みんなのこけし |
📝 ここがポイント:本間朋晃選手は、蛍光灯が飛び交うデスマッチの世界で頭角を現し、その後まったく畑違いの新日本プロレスで”愛されキャラ”として大ブレイクした稀有なレスラーです。フィニッシュ技はダイビングヘッドバットの「こけし」。頭から相手に突っ込むこの技と、東北なまりの実直な人柄が相まって、いつしか「みんなのこけし」と呼ばれ、G1では観客総出の「こけし」コールが名物になりました。
⚔️ 本間朋晃選手とは何者か――デスマッチ王から”こけし”へ
蛍光灯が舞うデスマッチの世界で
本間朋晃選手は1976年、山形県東根市の生まれ。1997年5月18日、大日本プロレスでデビューしました。
新日本での穏やかな”こけし”のイメージからは想像しにくいのですが、本間選手のキャリアの出発点は血みどろのデスマッチです。シャドウWX、山川竜司らと「デスマッチ新世代」を形成し、蛍光灯が割れて散る過激な試合で名を上げました。
2000年には当時最年少でBJW認定デスマッチヘビー級王座を戴冠。荒くれ者として、その名は知られていきました。
つまり本間選手は、痛みも流血も知り尽くした、根っからの”闘う男”だったわけです。後の愛されキャラの裏には、こうした修羅場をくぐった下地があります。
新日本プロレスへ、そして真壁刀義選手との出会い
本間選手は2006年から新日本プロレスに参戦を始めます。転機になったのが、2007年2月にヒールユニット「G・B・H(グレート・バッシュ・ヒール)」のメンバーになったことでした。
ここでリーダーの真壁刀義(㉑)と関係を深めます。
真壁選手とのタッグは、単なる強面ヒールから、いつしか会場のみんなに愛されるコンビへと変わっていきました。2015年・2016年にはWORLD TAG LEAGUEを連覇。
デスマッチの荒野から来た男が、新日本の大観衆に受け入れられていったのです。
今回の引退表明を受けて、盟友の真壁選手はこんなエールを送っています。
「俺が味方誰もいなくなって、独りぼっちになった時に『ここなら入れるかも』って来たアイツの嗅覚もすごいものがあるし。(中略)ここから先の道もアイツはこじ開けて行くと思うからさ。それが俺から送れる最大限のエールだな」
(東京スポーツ 2026年7月4日 真壁刀義コメントより)
長年背中を預け合った相棒の言葉には、重みがあります。
なぜ”みんなのこけし”は愛されたのか
本間選手の愛称「こけし」は、いまでは、フィニッシュ技であるダイビングヘッドバット――頭から相手に突っ込む捨て身の一撃――の名前にもなっています。
面白いのは、この技がなかなか決まらない時期があったこと。飛んでも飛んでも当たらない、あるいは自爆する。
それでも本間選手はめげずに飛び続けました。その不器用なまでのひたむきさに、いつしか観客が感情移入していったのです。
だからG1のような大舞台で本間選手が入場すると、会場は「こけし!こけし!」の大合唱に包まれました。強い選手だから応援されたのではありません。
一生懸命だから、応援したくなった。これが本間朋晃選手という人の、いちばんの魅力だと思います。
🥋 本間朋晃選手の代表技
本間選手の技には、デスマッチで鍛えた”捨て身”の説得力があります。代表的なものを紹介します。
こけし(ダイビングヘッドバット)
言わずと知れた代名詞。トップロープから相手めがけて頭部から飛び込むダイビングヘッドバットです。
決まった瞬間に、会場が爆発する必殺技です。ダメージは自分にも及ぶ、まさに諸刃の剣です。
こけしロケット
通常の「こけし」の派生で、助走をつけて、立っている相手にロケットのようにぶつかっていくバリエーション(2014年から使用)。新日本の公式技図鑑でも紹介されている、本間選手の得意技の一つです。
「小こけし」「大こけし」など、状況に応じた”こけしファミリー”が存在するのも本間選手ならでは。
ホンマクラッチ
相手を丸め込むフォール技で、雁之助クラッチと同じ型。派手さはありませんが、要所で勝利をもぎ取る技巧派の一面です。
デスマッチ出身の本間選手が、こうした細かい技も操るところに、キャリアの厚みが表れています。
🌸 本間朋晃選手の物語の心臓部――2017年の頸髄損傷と、奇跡の復活
本間朋晃選手を語る上で、絶対に外せない出来事があります。2017年3月の頸髄損傷です。
ここが、この記事のいちばん伝えたいところです。
2017年3月・沖縄大会での重傷
2017年3月、本間選手は沖縄大会の試合中に「中心性頸髄損傷」という大ケガを負いました。首の脊髄を損傷する、命や後遺症に関わりかねない深刻な負傷です。
本間選手はこの後、手術を受け、長いリハビリの日々に入ります。プロレスラーとして、いや一人の人間として、この先どうなるのか――ファンも本人も、先の見えない不安の中にいました。
⚠️ 頸髄損傷は極めて重篤なケガです。本記事は報道で確認できた範囲の事実のみを記しており、医療的な症状の程度について断定は避けています。プロレスの技は専門訓練を積んだ選手が安全管理下で行うものであり、一般の方は絶対に真似しないでください。
2018年6月・山形で「こけし is BACK」
それでも本間選手は、帰ってきました。
手術とリハビリを経て、2018年6月、地元・山形の大会でリングに復帰。新日本の公式YouTubeにも「本間朋晃、奇跡の復活!!【こけし is BACK!!】」というタイトルで、その瞬間が記録されています。
大ケガから戻ってきた本間選手の姿に、会場は涙と歓声に包まれました。あれだけの重傷から、もう一度あのリングに立つ――これがどれほど過酷な道のりだったか。
想像するだけで胸が熱くなります。
「戻れなかった自分」との、長い葛藤
ただ、ここからが本間選手の物語の切なくも尊いところです。
奇跡の復活は果たしたものの、本間選手は「復帰前のパフォーマンスには戻らなかった」という現実と、長いあいだ葛藤を抱えていました。かつてのように飛べない、動けない。
ファンの前で”こけし”を見せながら、本人はずっと自分と闘っていたのです。
そして2026年5月に受けた検査で、頸椎の骨が大きく変形していることが判明。リングに上がること自体の危険度が高まっていました。
これが、今回の引退決断の大きな要因になりました。
会見で本間選手はこう語っています。
「プロレスを30年やれたことは幸せですけども、悩んで悩んで決めました。引退します」
「生まれた土地で言いたいなというのはありましたね」
(東京スポーツ 2026年7月4日 本間朋晃コメントより)
「これ以上は泣けてくるから」とつぶやき、人目をはばからず涙を流したと報じられています。生まれ故郷の山形で、区切りをつける。
最後まで、本間選手らしい選択でした。
📺 動画で観る(公式)
本間朋晃選手が頸髄損傷から山形のリングに帰ってきた、あの「奇跡の復活」の瞬間を、新日本プロレス公式の映像で。何度観ても胸に迫るものがあります。
📺 本間朋晃選手、奇跡の復活!!【こけし is BACK!!】(新日本プロレスリング公式)
💼 ウッシ視点:本間朋晃選手から、働く私たちが受け取れるもの
ここからは営業部長のウッシとして、少し個人的な話をさせてください。
正直に言うと、ウッシは本間選手の試合を会場で生観戦したことはありません。ウッシが生で観てきたのは主にドラゴンゲートや、ある時の新日本の興行くらい。
本間選手の闘いは、テレビなどの映像で追いかけてきた一人のファンです。だからこそ、あの「こけし is BACK」の映像を初めて観たときの衝撃は、今でも忘れられません。
そのうえで、本間選手の生き様から、働く私たちが受け取れるものが2つあると思っています。
①「戻ってこられる場所がある」という強さ
頸髄損傷という、下手をすれば二度とリングに立てなかったかもしれないケガ。それでも本間選手が帰ってこられたのは、「こけし」と呼んで待っていてくれる会場があったからだと思うんです。
これは仕事にも通じます。営業を20年やってきて、ウッシも体調の谷を経験しました。
そのたびに戻ってこられたのは、「戻ってきていい場所」があったから。職場でも家庭でも、自分を待ってくれる場所を持っている人は、一度倒れても立ち上がれます。
逆に言えば、部下やチームにとって「戻ってきていい場所」を用意しておくのが、上に立つ人間の仕事だとも思うのです。
②「無理をしない勇気」も、立派な決断
本間選手は引退の理由を、「できるのかできないのか分からない状態で、できるようなものじゃない」と語っています。検査で首の状態が分かった上で、悩んで、自分で区切りをつけた決断でした。
がむしゃらに続けることだけが美徳ではない。引き際を自分で見極めるのも、同じくらい勇気のいることです。
仕事でも、無理を重ねて身体を壊してしまっては元も子もありません。「まだやれる」と「もう危ない」を冷静に見極める。
本間選手の決断は、走り続けがちな私たちに、そのことを静かに教えてくれます。
「悩んで悩んで決めました」――この一言の重さを、ウッシは噛みしめています。
🌸 本間選手の勇姿を、手元に残す
“こけし”の勇姿を形に残したい、というファンの方へ。試合会場のグッズ以外にも、本間朋晃選手が収録されたトレーディングカードなどが流通しています。
プロレスカードは選手の風貌がそのまま楽しめて、コレクションにもぴったりです。
📺 本間朋晃選手の試合・引退試合を観る方法
「あの奇跡の復活をもう一度観たい」「来年の引退試合を見届けたい」という方のための視聴ガイドです。
| サービス | 月額 | 本間朋晃関連 | おすすめ度 |
|---|---|---|---|
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| DVD・配信 | 都度 | 新日本公式のG1関連映像等 | ⭐⭐⭐ |
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❓ 本間朋晃選手に関するよくある質問
Q1. 本間朋晃選手はいつ引退するの?
A. 2026年7月4日に引退を表明しました。引退試合は来年(2027年)の地元・山形大会で行う予定です(本人はXで「2027年の7月くらい」と投稿。正式な日程・会場は未発表)。それまでの約1年間は試合には出場せず、新日本プロレスの会場でサイン会を行う意向を示しています。
Q2. 引退の理由は?
A. 古傷の首の不調です。本間選手は2017年3月に中心性頸髄損傷の大ケガを負い、復帰後も葛藤を抱えていました。2026年5月の検査で頸椎の骨が大きく変形していることが判明し、リングに上がる危険度が高まったことが決断の大きな要因になりました。
Q3. 「こけし」ってどういう意味?
A. 本間選手のフィニッシュ技であるダイビングヘッドバット(頭から相手に突っ込む技)が、自分の身体を”こけし”に見立てているように見えることに由来する愛称です。ひたむきに飛び続ける姿が愛され、「みんなのこけし」と呼ばれるようになりました。
Q4. 本間朋晃選手はもともとデスマッチの選手だったの?
A. はい。本間選手は1997年に大日本プロレスでデビューし、蛍光灯デスマッチなどで名を上げた選手です。2000年には当時最年少でBJW認定デスマッチヘビー級王座を獲得。その後、全日本プロレスを経て新日本プロレスへ移り、“みんなのこけし”として愛されキャラに転身しました。
Q5. 真壁刀義選手とはどんな関係?
A. 2007年に本間選手が新日本のヒールユニット「G・B・H」に加入して以来の盟友でタッグパートナーです。二人で2015年・2016年にWORLD TAG LEAGUEを連覇しました。今回の引退表明にも、真壁選手が「ここから先の道もアイツはこじ開けて行くと思う」とエールを送っています。
📝 まとめ:本間朋晃選手は「一生懸命だから、みんなに愛された男」
- ✅ 1976年山形県東根市生まれ、1997年に大日本プロレスでデビューしたデスマッチ王
- ✅ 新日本で真壁刀義選手と組み、“みんなのこけし”として大ブレイク
- ✅ フィニッシュ技は頭から突っ込むダイビングヘッドバット「こけし」
- ✅ 2017年3月に中心性頸髄損傷の大ケガ→2018年6月に山形で奇跡の復活
- ✅ 復帰後も葛藤を抱え、2026年5月の検査で頸椎変形が判明。7月4日に引退を表明し、来年の山形大会で引退試合を予定
本間朋晃選手を部長視点で振り返ると、彼は「一生懸命だから愛された男」でした。飛んでも当たらない”こけし”を、それでもめげずに飛び続けた。
命に関わるケガから、もう一度あのリングに帰ってきた。そして最後は、自分で引き際を選んだ。
強いから応援されたのではありません。ひたむきだから、応援したくなった。
これは、能力や結果だけでは測れない、人が人を惹きつける本当の力だと思います。
引退試合はまだ先です。来年の山形大会の続報を、ウッシも待ちたいと思います。
本間さん、まだ試合は残っています。最後まで応援しています。
📺 新日本プロレスの試合を観てみたい人へ:テレビ・配信でどこが観られるかはプロレス配信サービス比較、会場で観るならプロレス観戦が初めてでも大丈夫(観戦ガイド)にまとめています。
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📚 参考・出典(7件)
本記事は、以下の公式サイト・報道などを参考に作成しています(2026年7月時点)。
- 東京スポーツ「【新日本】人気レスラーの本間朋晃が現役引退を表明」(2026年7月4日) — 引退表明の日付・場所・引退試合の予定・頸髄損傷・復帰・検査結果
- 東京スポーツ「【新日本】本間朋晃 引退決断の裏側明かし男泣き」 — 本人コメント原文・決断の経緯
- 東スポWEB「【新日本】真壁刀義 引退決断の盟友・本間朋晃に魂のエール「ここから先の道もアイツはこじ開けて行くと思う」」 — 真壁刀義選手のエールコメント
- 週刊プロレス(BBMスポーツ)「“こけし”本間朋晃が故郷・山形で引退を発表!」 — 引退発表の詳細
- Wikipedia「本間朋晃」 — 生年月日・出身・デビュー・経歴・タイトル歴・所属
- 新日本プロレス公式 本間朋晃プロフィール — 所属・プロフィール
- 新日本プロレスリング公式YouTube(NJPW WORLD Official) — 「こけし is BACK!!」復帰映像
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