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本間朋晃 引退【闘魂列伝㉖】"こけし"が愛された理由と、頸髄損傷から蘇った男の物語
— 闘魂列伝 —

本間朋晃 引退【闘魂列伝㉖】"こけし"が愛された理由と、頸髄損傷から蘇った男の物語

USSIBLOG
📖 この記事の目次
  1. 📋 本間朋晃 プロフィール
  2. ⚔️ 本間朋晃とは何者か――デスマッチ王から”こけし”へ
  3. 🥋 本間朋晃の代表技
  4. 🌸 本間朋晃の物語の心臓部――2017年の頸髄損傷と、奇跡の復活
  5. 📺 動画で観る(公式)
  6. 💼 ウッシ視点:本間朋晃から、働く私たちが受け取れるもの
  7. 🌸 本間の勇姿を、手元に残す
  8. 📺 本間朋晃の試合・引退試合を観る方法
  9. ❓ 本間朋晃に関するよくある質問
  10. 📝 まとめ:本間朋晃は「一生懸命だから、みんなに愛された男」
  11. 🔗 あわせて読みたい
  12. 📚 参考・出典

※本記事はプロモーションを含みます。

本間朋晃が引退するって本当?」

「あの”こけし”の人、もう試合しないの?」

2026年7月4日、そんなニュースがプロレスファンの間を駆け巡りました。新日本プロレスの人気者、“みんなのこけし”こと本間朋晃選手が、地元・山形の大会前のリング上で現役引退を表明したのです。

闘魂列伝シリーズ26人目は、この報に合わせて――本間朋晃を取り上げます。デスマッチの荒くれ者から、老若男女に愛される”こけし”へ。そして頸髄損傷という命に関わる大ケガから、もう一度リングに帰ってきた男。観戦歴30年のウッシが、じっくり解説していきます。

📌 まず結論:引退報道の事実

本間朋晃(49歳)は2026年7月4日、地元・山形で行われた大会前のリング上で現役引退を表明しました。古傷の首の不調が理由です。

  • 引退試合来年(2027年)の山形大会で実施予定(日程・会場は未定)
  • それまでの約1年間は試合に出場せず、新日本の会場でサイン会を行う意向
  • 2017年3月の頸髄損傷、2026年5月の検査での頸椎変形が決断の要因

「悩んで悩んで決めました。引退します」。人目をはばからず涙を流した本間の会見は、多くのファンの胸を打ちました。この記事では、なぜ本間がここまで愛されたのか、そして”こけし”が背負ってきた物語をたどっていきます。

この記事でわかること

  • 本間朋晃の引退報道の正確な事実関係
  • デスマッチ王から”みんなのこけし”になるまでの歩み
  • 2017年の中心性頸髄損傷と、2018年の奇跡の復活
  • 盟友・真壁刀義との絆
  • 挫折から蘇った本間から、働く私たちが受け取れるもの

📋 本間朋晃 プロフィール

まずは基本データから。デスマッチの荒野で名を上げ、新日本で”みんなのこけし”として花開いた――そんな異色の経歴を持つレスラーです。

項目内容
リングネーム本間朋晃(ほんま ともあき)
本名本間 朋晃
生年月日1976年(昭和51年)11月18日(49歳)
出身山形県東根市
身長/体重約180cm / 約93kg
デビュー1997年5月18日(大日本プロレス)
主な所属大日本プロレス → 新日本プロレス(2006年〜参戦・2009年正式入団)
代表必殺技こけし(ダイビングヘッドバット)/こけしロケット/コキーナ・クラッチ
異名みんなのこけし

📝 ここがポイント:本間朋晃は、蛍光灯が飛び交うデスマッチの世界で頭角を現し、その後まったく畑違いの新日本プロレスで”愛されキャラ”として大ブレイクした稀有なレスラーです。フィニッシュ技はダイビングヘッドバットの「こけし」。頭から相手に突っ込むこの技と、東北なまりの実直な人柄が相まって、いつしか「みんなのこけし」と呼ばれ、G1では観客総出の「こけし」コールが名物になりました。

★★★★☆ 闘魂列伝 VOL.26
本間朋晃
"みんなのこけし" / 蘇ったダイビングヘッドバッター
👁 見た目
がっしりした体躯に丸刈り、実直な東北男児の風貌。入場すると会場全体が「こけし!こけし!」の大合唱に包まれる。強面のようでいて、笑うと途端に人懐っこい。デスマッチ出身とは思えない愛嬌が、老若男女を惹きつける。トレードマークは頭から突っ込むダイビングヘッドバット。
⚔️ STATUS※プロレス30年・ウッシの独断評価
🥊 パワー7
⚡ スピード6
🎯 テクニック7
🔋 タフネス9
😈 ヒール度3
👑 人気(愛され度)10
🥋 得意技
こけし(ダイビングヘッドバット) こけしロケット 大こけし コキーナ・クラッチ
👑 主な足跡
2000BJW認定デスマッチヘビー級王座最年少戴冠(当時)
2015-16WORLD TAG LEAGUE 優勝(2連覇)with 真壁刀義
2018奇跡の復活(頸髄損傷から)こけし is BACK
💥 必殺技
こけし(ダイビングヘッドバット)
トップロープから相手めがけて頭部から飛び込むダイビングヘッドバット。自分の身体を"こけし"に見立てて頭から突っ込む捨て身の一撃で、決まった瞬間に会場が爆発する。本間の代名詞であり、愛称「こけし」の由来でもある。
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⚔️ 本間朋晃とは何者か――デスマッチ王から”こけし”へ

蛍光灯が舞うデスマッチの世界で

本間朋晃は1976年、山形県東根市の生まれ。1997年5月18日、大日本プロレスでデビューしました。

新日本での穏やかな”こけし”のイメージからは想像しにくいのですが、本間のキャリアの出発点は血みどろのデスマッチです。シャドウWX、山川竜司らと「デスマッチ新世代」を形成し、蛍光灯が割れて散る過激な試合で名を上げました。2000年には当時最年少でBJW認定デスマッチヘビー級王座を戴冠。荒くれ者として、その名は知られていきました。

つまり本間は、痛みも流血も知り尽くした、根っからの”闘う男”だったわけです。後の愛されキャラの裏には、こうした修羅場をくぐった下地があります。

新日本プロレスへ、そして真壁刀義との出会い

本間は2006年から新日本プロレスに参戦を始めます。転機になったのが、2007年2月にヒールユニット「G・B・H(グレート・バッシュ・ヒール)」のメンバーになったことでした。ここでリーダーの真壁刀義(㉑)と関係を深めます。

真壁とのタッグ「ばくばくコンビ」は、単なる強面ヒールから、いつしか会場のみんなに愛されるコンビへと変わっていきました。2015年・2016年にはWORLD TAG LEAGUEを連覇。デスマッチの荒野から来た男が、新日本の大観衆に受け入れられていったのです。

今回の引退表明を受けて、盟友の真壁はこんなエールを送っています。

「俺が味方誰もいなくなって、独りぼっちになった時に『ここなら入れるかも』って来たアイツの嗅覚もすごいものがあるし。(中略)ここから先の道もアイツはこじ開けて行くと思うからさ。それが俺から送れる最大限のエールだな

(東京スポーツ 2026年7月4日 真壁刀義コメントより)

長年背中を預け合った相棒の言葉には、重みがあります。

なぜ”みんなのこけし”は愛されたのか

本間の愛称「こけし」は、フィニッシュ技であるダイビングヘッドバット――自分の身体を”こけし”に見立てて頭から相手に突っ込む捨て身の一撃――に由来します。

面白いのは、この技がなかなか決まらない時期があったこと。飛んでも飛んでも当たらない、あるいは自爆する。それでも本間はめげずに飛び続けました。その不器用なまでのひたむきさに、いつしか観客が感情移入していったのです。

だからG1のような大舞台で本間が入場すると、会場は「こけし!こけし!」の大合唱に包まれました。強い選手だから応援されたのではありません。一生懸命だから、応援したくなった。これが本間朋晃という人の、いちばんの魅力だと思います。

🥋 本間朋晃の代表技

本間の技には、デスマッチで鍛えた”捨て身”の説得力があります。代表的なものを紹介します。

こけし(ダイビングヘッドバット)

言わずと知れた代名詞。トップロープから相手めがけて頭部から飛び込むダイビングヘッドバットです。自らの頭を”こけし”に見立てて突っ込むこの技は、決まった瞬間に会場が爆発する必殺技。愛称「こけし」もここから生まれました。ダメージは自分にも及ぶ、まさに諸刃の剣です。

こけしロケット

通常の「こけし」の派生で、より低い弾道で相手に突っ込むバリエーション。新日本の公式技図鑑でも紹介されている、本間の得意技の一つです。「小こけし」「大こけし」など、状況に応じた”こけしファミリー”が存在するのも本間ならでは。

コキーナ・クラッチ

相手を丸め込むフォール技。派手さはありませんが、要所で勝利をもぎ取る技巧派の一面です。デスマッチ出身の本間が、こうした細かい技も操るところに、キャリアの厚みが表れています。

🌸 本間朋晃の物語の心臓部――2017年の頸髄損傷と、奇跡の復活

本間朋晃を語る上で、絶対に外せない出来事があります。2017年3月の頸髄損傷です。ここが、この記事のいちばん伝えたいところです。

2017年3月・沖縄大会での重傷

2017年3月、本間は沖縄大会の試合中に「中心性頸髄損傷」という大ケガを負いました。首の脊髄を損傷する、命や後遺症に関わりかねない深刻な負傷です。

本間はこの後、手術を受け、長いリハビリの日々に入ります。プロレスラーとして、いや一人の人間として、この先どうなるのか――ファンも本人も、先の見えない不安の中にいました。

⚠️ 頸髄損傷は極めて重篤なケガです。本記事は報道で確認できた範囲の事実のみを記しており、医療的な症状の程度について断定は避けています。プロレスの技は専門訓練を積んだ選手が安全管理下で行うものであり、一般の方は絶対に真似しないでください。

2018年6月・山形で「こけし is BACK」

それでも本間は、帰ってきました。

手術とリハビリを経て、2018年6月、地元・山形の大会でリングに復帰。新日本の公式YouTubeにも「本間朋晃、奇跡の復活!!【こけし is BACK!!】」というタイトルで、その瞬間が記録されています。

大ケガから戻ってきた本間の姿に、会場は涙と歓声に包まれました。あれだけの重傷から、もう一度あのリングに立つ――これがどれほど過酷な道のりだったか。想像するだけで胸が熱くなります。

「戻れなかった自分」との、長い葛藤

ただ、ここからが本間の物語の切なくも尊いところです。

奇跡の復活は果たしたものの、本間は「復帰前のパフォーマンスには戻らなかった」という現実と、長いあいだ葛藤を抱えていました。かつてのように飛べない、動けない。ファンの前で”こけし”を見せながら、本人はずっと自分と闘っていたのです。

そして2026年5月に受けた検査で、頸椎の骨が大きく変形していることが判明。リングに上がること自体の危険度が高まっていました。これが、今回の引退決断の大きな要因になりました。

会見で本間はこう語っています。

「プロレスを30年やれたことは幸せですけども、悩んで悩んで決めました。引退します」

「生まれた土地で言いたいなというのはありましたね」

(東京スポーツ 2026年7月4日 本間朋晃コメントより)

「これ以上は泣けてくるから」とつぶやき、人目をはばからず涙を流したと報じられています。生まれ故郷の山形で、区切りをつける。最後まで、本間らしい選択でした。

📺 動画で観る(公式)

本間朋晃が頸髄損傷から山形のリングに帰ってきた、あの「奇跡の復活」の瞬間を、新日本プロレス公式の映像で。何度観ても胸に迫るものがあります。

📺 本間朋晃、奇跡の復活!!【こけし is BACK!!】(新日本プロレスリング公式)

💼 ウッシ視点:本間朋晃から、働く私たちが受け取れるもの

ここからは営業部長のウッシとして、少し個人的な話をさせてください。

正直に言うと、ウッシは本間さんの試合を会場で生観戦したことはありません。ウッシが生で観てきたのは主にドラゴンゲートや、ある時の新日本の興行くらい。本間さんの闘いは、テレビや配信の映像で追いかけてきた一人のファンです。だからこそ、あの「こけし is BACK」の映像を初めて観たときの衝撃は、今でも忘れられません。

そのうえで、本間さんの生き様から、働く私たちが受け取れるものが2つあると思っています。

①「戻ってこられる場所がある」という強さ

頸髄損傷という、下手をすれば二度とリングに立てなかったかもしれないケガ。それでも本間さんが帰ってこられたのは、「こけし」と呼んで待っていてくれる会場があったからだと思うんです。

これは仕事にも通じます。営業を19年やってきて、ウッシも大きな失注や体調の谷を経験しました。そのたびに戻ってこられたのは、「戻ってきていい場所」があったから。職場でも家庭でも、自分を待ってくれる場所を持っている人は、一度倒れても立ち上がれます。逆に言えば、部下やチームにとって「戻ってきていい場所」を用意しておくのが、上に立つ人間の仕事だとも思うのです。

②「無理をしない勇気」も、立派な決断

本間さんの引退は、「もう闘えないから」ではありません。検査で危険度が高いと分かった上で、自分と大切な人のために区切りをつける決断でした。

がむしゃらに続けることだけが美徳ではない。引き際を自分で見極めるのも、同じくらい勇気のいることです。仕事でも、無理を重ねて身体を壊してしまっては元も子もありません。「まだやれる」と「もう危ない」を冷静に見極める。本間さんの決断は、走り続けがちな私たちに、そのことを静かに教えてくれます。

「悩んで悩んで決めました」――この一言の重さを、ウッシは噛みしめています。

🌸 本間の勇姿を、手元に残す

“こけし”の勇姿を形に残したい、というファンの方へ。試合会場のグッズ以外にも、本間朋晃が収録されたトレーディングカードなどが流通しています。プロレスカードは選手の風貌がそのまま楽しめて、コレクションにもぴったりです。


📺 本間朋晃の試合・引退試合を観る方法

「あの奇跡の復活をもう一度観たい」「来年の引退試合を見届けたい」という方のための視聴ガイドです。

サービス月額本間朋晃関連おすすめ度
新日本プロレスワールド1,298円〜G1・タッグ戦など本間の名勝負アーカイブ・大会中継⭐⭐⭐⭐⭐
ABEMA1,180円(プレミアム)プロレス関連番組・特集⭐⭐⭐⭐
DVD・配信都度新日本公式のG1関連映像等⭐⭐⭐

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❓ 本間朋晃に関するよくある質問

Q1. 本間朋晃はいつ引退するの?

A. 2026年7月4日に引退を表明しました。引退試合は来年(2027年)の地元・山形大会で行う予定です(日程・会場は未定)。それまでの約1年間は試合には出場せず、新日本プロレスの会場でサイン会を行う意向を示しています。

Q2. 引退の理由は?

A. 古傷の首の不調です。本間は2017年3月に中心性頸髄損傷の大ケガを負い、復帰後も葛藤を抱えていました。2026年5月の検査で頸椎の骨が大きく変形していることが判明し、リングに上がる危険度が高まったことが決断の大きな要因になりました。

Q3. 「こけし」ってどういう意味?

A. 本間のフィニッシュ技であるダイビングヘッドバット(頭から相手に突っ込む技)が、自分の身体を”こけし”に見立てているように見えることに由来する愛称です。ひたむきに飛び続ける姿が愛され、「みんなのこけし」と呼ばれるようになりました。

Q4. 本間朋晃はもともとデスマッチの選手だったの?

A. はい。本間は1997年に大日本プロレスでデビューし、蛍光灯デスマッチなどで名を上げた選手です。2000年には当時最年少でBJW認定デスマッチヘビー級王座を獲得。その後、新日本プロレスへ移り、“みんなのこけし”として愛されキャラに転身しました。

Q5. 真壁刀義とはどんな関係?

A. 2007年に本間が新日本のヒールユニット「G・B・H」に加入して以来の盟友でタッグパートナーです。「ばくばくコンビ」として2015年・2016年にWORLD TAG LEAGUEを連覇しました。今回の引退表明にも、真壁が「ここから先の道もアイツはこじ開けて行くと思う」とエールを送っています。

📝 まとめ:本間朋晃は「一生懸命だから、みんなに愛された男」

  • ✅ 1976年山形県東根市生まれ、1997年に大日本プロレスでデビューしたデスマッチ王
  • ✅ 新日本で真壁刀義と組み、“みんなのこけし”として大ブレイク
  • ✅ フィニッシュ技は頭から突っ込むダイビングヘッドバット「こけし
  • 2017年3月に中心性頸髄損傷の大ケガ→2018年6月に山形で奇跡の復活
  • ✅ 復帰後も葛藤を抱え、2026年5月の検査で頸椎変形が判明
  • 2026年7月4日に引退を表明、来年の山形大会で引退試合を予定

本間朋晃を部長視点で振り返ると、彼は「一生懸命だから愛された男」でした。飛んでも当たらない”こけし”を、それでもめげずに飛び続けた。命に関わるケガから、もう一度あのリングに帰ってきた。そして最後は、自分と大切な人のために引き際を選んだ。

強いから応援されたのではありません。ひたむきだから、応援したくなった。これは、能力や結果だけでは測れない、人が人を惹きつける本当の力だと思います。

引退試合はまだ先です。「こけし・イズ・ハッピー!」――本間さんが最後に叫んだこの言葉を胸に、ウッシは来年の山形を見届けたいと思っています。本間さん、まだ試合は残っています。最後まで応援しています。

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📚 参考・出典

本記事は、以下の公式サイト・報道などを参考に作成しています(2026年7月時点)。

記載内容に明らかな誤りがあれば、お問い合わせフォームよりご指摘ください。

⚠️ 注意:プロレス・格闘技の技は専門訓練を受けた選手が安全管理下で行うものです。一般の方は絶対に真似しないでください。

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