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金本浩二とは?3代目タイガーマスクと現在の活動
— 闘魂列伝 —

金本浩二とは?3代目タイガーマスクと現在の活動

USSIBLOG

※本記事はプロモーションを含みます

こんにちは、プロレス観戦歴30年のウッシです。闘魂列伝シリーズ第2弾は金本浩二(かねもと こうじ)。90年代から2000年代の新日本プロレス・ジュニアヘビー級で、誰よりも喧嘩っ早く、誰よりも長く第一線に居座り続けた男の話です。

「金本浩二って、3代目タイガーマスクの人だっけ?」 「アンクルホールドの選手だよね。今も現役なの?」

検索でこの記事にたどり着いた人は、たぶんこのあたりが気になっているはず。結論から先に置いておきます。

🔥 30秒でわかる金本浩二選手
兵庫県神戸市長田区出身のプロレスラー。1966年10月31日生まれ、180cm・80kg。異名は「アニキ」「喧嘩番長」「ジュニアのカリスマ」です。

いつの人? 1990年11月7日に新日本プロレスでデビュー1992〜94年に「3代目タイガーマスク」を務めた後に脱マスクし、素顔になってから本領を発揮しました。
実績は? IWGPジュニアヘビー級王座を通算5度戴冠(初戴冠は1995年)。IWGPジュニアタッグ王座4度、BEST OF THE SUPER Jr.優勝3度(1998年・2002年・2009年)。
必殺技は? アンクルホールド(足首固め)。ほかにタイガー・スープレックス・ホールド、ファルコン・アロー、重い蹴り技が持ち味です。
現在は? 2026年7月時点で引退しておらず、フリーとして現役を継続中。YouTubeでも発信しながら、59歳の今もリングに上がっています。
なぜ語り継がれる? 1995年の初戴冠から2009年の返り咲きまで、14年以上ジュニアの頂点を争い続けた持続力。90〜2000年代の新日本ジュニアを支えた大黒柱でした。

※現在の活動状況は2026年7月時点で確認できた情報にもとづきます。

この記事でわかること。

  • 金本浩二選手のプロフィールとデビューまでの経歴
  • 「3代目タイガーマスク」時代の真実と、脱マスクの理由
  • IWGPジュニア5度戴冠を含むタイトル歴(年次つき)
  • 田中稔とのタッグ、ライガー・エル・サムライら新日Jr勢との関係
  • 必殺技アンクルホールドをはじめとする得意技
  • 2026年現在の金本浩二選手の活動
  • ウッシがプロレスにハマった原点に金本選手がいた話

金本浩二選手とは?プロフィールと基本情報

まずは基本データから。プロレス雑誌やデータベースで公表されているプロフィールを整理しました。

項目内容
リングネーム金本浩二選手 / 3代目タイガーマスク
あだ名アニキ / 喧嘩番長 / ジュニアのカリスマ
生年月日1966年10月31日(2026年で59歳)
出身兵庫県神戸市長田区
血液型AB型
身長・体重180cm・80kg
デビュー1990年11月7日(新日本プロレス/対 小原道由)
主なタイトルIWGPジュニアヘビー級王座5度・IWGPジュニアタッグ王座4度
現在フリー(2026年時点で現役継続・YouTuber)

体重80kgは、ジュニアヘビー級(当時の上限100kg)の中でも軽い部類です。決して大柄ではない細身の体で、ヘビー級にも噛みつく喧嘩殺法を貫いたのが金本浩二選手という選手。まずはこの「軽くても引かない男」というイメージを持っておいてください。

★★★★☆ 闘魂列伝 VOL.02
金本浩二選手
3代目タイガーマスク / "喧嘩番長"
👁 見た目
180cm・80kgの引き締まった細身のジュニア体型。リング上では常に闘志をむき出しにした鋭い眼光で相手を睨みつけ、蹴りと関節技で体格差のある相手にも一歩も引かない。「喧嘩番長」の異名そのままの気迫がにじむ。
⚔️ STATUS※プロレス30年・ウッシの独断評価
🥊 パワー6
⚡ スピード9
🎯 テクニック9
🔋 スタミナ7
😈 ヒール度9
👑 カリスマ9
🥋 得意技
タイガー・スープレックス ローリングセントーン ファルコン・アロー フライング・ニールキック
💥 必殺技
アンクルホールド
相手の足首を抱え込み、関節を一気にねじり上げる。軽量の金本選手が巨漢のヘビー級すらマットに沈めた、技術と執念の結晶。
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柔道少年からプロレスへ——デビューまでの道のり

金本浩二選手は兵庫県神戸市長田区の出身。小学生の頃から柔道に打ち込んだ、根っからの格闘少年でした。この柔道の下地が、後の関節技とグラウンドの強さに直結します。

大阪芸術大学に進んだ後、プロレスラーへの憧れを捨てきれず、栗栖正伸のトレーニングジムで一時期鍛えてから、1990年6月に新日本プロレスへ入門。同年11月7日、和歌山での小原道由戦でデビューを果たします。

山本小鉄・栗栖正伸・馳浩・佐々木健介といった、新日本の「しごき」で知られる面々に鍛えられた世代です。ここで叩き込まれた基礎体力と精神力が、金本選手のあの折れない闘志の土台になっています。派手なデビューではありませんでしたが、この地味な下積みの厚さが後々効いてくる。ここは覚えておいてください。

🐯 3代目タイガーマスク時代——「本当はやりたくなかった」覆面

金本浩二選手を語るうえで避けて通れないのが、「3代目タイガーマスク」時代です。ここは検索でも一番聞かれるところなので、時系列を正確に整理します。

  • 1992年3月1日:新日本プロレス設立20周年の企画として、横浜アリーナで金本選手扮する3代目タイガーマスクがお披露目
  • その後メキシコ遠征で武者修行
  • 1993年5月:帰国後に正式デビュー。しかもデビュー戦でいきなり獣神サンダー・ライガーからピンフォール勝ちを奪う鮮烈な滑り出し
  • 1994年7月:正式デビューからわずか約1年2ヶ月でタイガーマスクを返上、覆面を脱ぐ

初代・佐山聡、2代目・三沢光晴さんと続く伝統の覆面。プロレス界的には「名誉な継承」のはずですが、本人は後にこう語っています——「本当はやりたくなかった」

理由は、アクロバット主体のタイガーマスクのスタイルと、蹴りと関節技を軸とする自分のスタイルのギャップ。無理に空中殺法を演じて怪我もかさみ、悩んだ末に脱マスクを決断しました。覆面レスラーが自らマスクを脱ぐというのは、相当な葛藤があったはずです。

覆面レスラーというテーマは、実は私(ウッシ)の牛マスクにも通じる話。伝統の看板を背負うことの重さについては、同じ新日Jrの象徴だった獣神サンダー・ライガーの記事も読み比べると面白いですよ。ライガーは「役を背負い切った男」、金本選手は「役を脱いで自分になった男」。対照的で味わい深い。

素顔での覚醒——「喧嘩番長」の誕生

覆面を脱いだ後の金本浩二選手は、むしろここからが本番でした。

タイガーマスクという枠に縛られず、自分のスタイルを全開にした金本選手は、リング上で相手に平気で喧嘩を売る、殺気立った闘いを繰り広げます。ジュニアヘビー級とは思えないほど蹴りが重く、関節技がえげつない。この不敵な佇まいから付いた異名が「喧嘩番長」、そして「ジュニアのカリスマ」です。

ジュニアの選手といえば、スピードと華麗な空中殺法で魅せるイメージが強い。ところが金本選手は真逆で、相手を睨みつけ、蹴り倒し、関節を極めて黙らせる。ヘビー級相手でも一歩も引かない気迫は、体の大きさとは関係ないところで観客を惹きつけました。ジュニアに「ストロングスタイル」を持ち込んだ選手、と言っていい。

👑 金本浩二選手のタイトル歴——通算5度のIWGPジュニア王者

「小さな巨人」なんて甘い言葉ではなく、金本選手の凄みは数字が証明しています。主なタイトル歴を整理しました。

タイトル戴冠回数補足
IWGPジュニアヘビー級王座5度1995年に初戴冠。2000年代にも複数回返り咲き
IWGPジュニアタッグ王座4度田中稔・ライガー・井上亘・エル・サムライと
BEST OF THE SUPER Jr.優勝3度1998年・2002年・2009年
SUPER J TAG TOURNAMENT優勝1度2010年

特筆すべきはタイトル戦線に居続けた「期間の長さ」です。IWGPジュニアの初戴冠が1995年、2009年にも王座に返り咲いている。14年以上にわたってジュニアの頂点を争い続けた選手なんて、そうそういません。

一度頂点に立つだけなら勢いでもできます。でも、10年以上も第一線で挑戦し続けるには、技術・体・心のすべてを高い水準で保ち続けなければならない。金本選手の本当のすごさは、この「持続力」にあります。

IWGPジュニアの歴史の中で、金本選手のタイトルマッチ出場回数は獣神サンダー・ライガーに次ぐ屈指の多さ。まさに90〜2000年代の新日本ジュニアを支えた大黒柱でした。

🤝 田中稔とのタッグ——ジュニア最強コンビ

金本浩二選手の話で外せないのが、田中稔(たなか みのる)とのタッグです。

田中稔もジュニアの名手。キャッチレスリングと関節技を得意とする技巧派で、金本選手のスピードと喧嘩殺法が見事にかみ合いました。この2人が組んだIWGPジュニアタッグ王座は、90年代後半〜2000年代のジュニアタッグ戦線の象徴。

面白いのは、金本選手と田中稔がシングルでも数えきれないほど対戦している点です。IWGPジュニアヘビー級のタイトルマッチで最多カードを記録したのが、この金本選手 対 田中稔。パートナーでありライバルでもある——この緊張感のある関係が、新日本のジュニア戦線を長年盛り上げ続けました。

ちなみに金本選手はライガー、井上亘、エル・サムライともタッグを組んでIWGPジュニアタッグ王座を戴冠しています。誰と組んでもベルトを取れる、タッグ巧者でもあったわけです。

90年代新日本ジュニアの中の金本選手——ライガー・サムライとの関係

金本浩二選手を理解するには、彼が生きた90年代の新日本ジュニアという時代背景を知ると一気に立体的になります。

当時の新日Jrは、獣神サンダー・ライガーを頂点に、エル・サムライ、大谷晋二郎、高岩竜一、そして金本浩二選手らがしのぎを削る黄金時代でした。ヘビー級に負けない密度の試合を毎回やってのける、日本のジュニアが世界一と言われた時代です。

その中で金本選手のポジションは、ライガーに真っ向から喧嘩を売る「反逆児」。前述のとおり、3代目タイガー時代のデビュー戦でライガーを破っており、素顔になってからもライガーとは幾度となく激突しました。かつては対立していた2人が、後に「禁断のタッグ」を結成してIWGPジュニアタッグ王座まで獲る——このドラマが新日Jrの見どころのひとつでした。

ライガーが「新日Jrの顔」なら、金本選手は「新日Jrの牙」。両者がいたからこそ、あの時代のジュニアは締まっていた。ジュニアの神様ライガーについてはこちらの記事で深掘りしているので、あわせてどうぞ。

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プロレス関節技 一覧【完全版】|極まる仕組みを部位別に解説

アンクルホールドの正体がわかる

⚔️ 金本浩二選手の必殺技——アンクルホールドと喧嘩殺法

金本選手のフィニッシャーはアンクルホールド(足首固め)。相手の足首を抱え込んで関節を一気にねじり上げる関節技で、柔道仕込みのグラウンドの強さがそのまま武器になっています。体格差のある相手でも、寝技に持ち込めば体の大きさは関係ない。金本選手はそれを熟知していました。

得意技をざっと並べると、こんな顔ぶれです。

  • アンクルホールド:フィニッシャー。足首関節を極める
  • タイガー・スープレックス・ホールド:3代目タイガー時代からの十八番。相手の両腕を後ろでクロスさせて投げる
  • フロントスープレックス:真正面から抱え上げ、高い角度で後方へ投げ切る。金本選手のそれは別格の美しさ(後述)
  • ファルコン・アロー:相手を抱え上げて座り込みながら背中から叩きつける
  • ムーンサルトプレス:闘魂列伝のゲームでウッシ少年を虜にした、宙を舞う一撃
  • ローリングセントーン:リングに背を向けたままコーナーに飛び乗り、捻りを加えて背中から落ちる変則セントーン。金本選手が主な使い手です
  • フライング・ニールキック:跳び上がって放つ喧嘩番長の重い蹴り。1998年のBEST OF THE SUPER Jr.では相手のアゴを骨折させたほどの威力と伝えられています
  • 顔面ウォッシュ:コーナーに座らせた相手の顔面をブーツで容赦なくこすり上げる屈辱技。元は盟友・大谷晋二郎の代名詞で、大谷の新日本離脱に伴い金本選手が受け継ぎました

そしてもうひとつ、どうしても語らせてほしい技があります。フロントスープレックスです。

技の形そのものは、プロレスの教科書に載っている古典です。真正面から相手の胴を抱え、反り投げる。それだけ。でも、金本選手のフロントスープレックスだけは、私は「芸術品」だと思っています。抱え上げたときの角度が高く、投げの弧がどこまでも滑らかで、相手がマットに落ちる瞬間まで一枚の絵のように繋がっている。派手な変形技があふれる時代に、基本形のまま「綺麗さ」だけで観客の目を奪える——これは金本選手にしか出せない領域だと、30年プロレスを観てきた私は本気で思っています。

子どもの頃、深夜のワールドプロレスリングでこの投げを観るたび、「柔道の投げ込みを何万回やったら、こんな綺麗な弧が描けるんだろう」と画面の前で唸っていました。金本浩二選手という選手の柔道仕込みの土台と、ジュニアで磨き抜いた精度が、いちばん素直な形で現れるのがこの一投です。

アンクルホールドのような関節技が「なぜ極まるのか」「どのくらい痛いのか」に興味が湧いた人は、プロレス関節技の一覧記事で仕組みを部位別に解説しています。金本選手の強さの正体が技術面から見えてきますよ。

🐄 ウッシの原点に、金本浩二選手がいた

ここからは私の個人的な話をさせてください。実は、私がプロレスにのめり込むきっかけを作った選手の一人が、金本浩二選手なんです。

きっかけは8〜9歳の頃、プレイステーションのゲーム「闘魂烈伝」でした。当時の私が夢中になったのが、ムーンサルトプレスが使える武藤敬司さんと、この金本浩二選手。ゲームの中で金本選手を操作して、大きな相手をアンクルホールドで極めるのが最高に気持ちよかった。あの操作感が、私とプロレスの出会いそのものでした。このブログのシリーズ名が「闘魂列伝」なのも、あのゲームで憧れた原点へのオマージュです。

ゲームで好きになってからは、深夜0時〜1時のワールドプロレスリングを、眠い目をこすりながら観るようになりました。翌日は学校で友達とその話をする。当時の私の推しは金本浩二・ライガー・エル・サムライ、つまり新日ジュニア勢ど真ん中です。高校時代にはTSUTAYAとゲオでプロレスのビデオ・DVDを片っ端から借りて観ました。金本選手の試合は本当に何度も観返しています。

「こんなに軽い体で、大きい選手をバンバン極めてる…!」という衝撃。ジュニアの試合は、ヘビー級とは全く違うスピードとテクニックの世界。そこにハマった原体験が、30年経った今もこうしてブログを書かせているわけです。プロレスと資産形成をなぜ発信しているのか、その原点はこちらの自己紹介記事に全部書きました。

ちなみに、生観戦で金本選手を見たことはありません。あくまで映像とゲームの中の金本浩二選手です。その点は正直に書いておきます。

💼 サラリーマンが金本浩二選手から学ぶ3つの戦い方

金本選手の生き様は、サラリーマンの働き方にもそのまま刺さります。営業歴20年目の私が金本選手から学んだことを3つ。

① 「持ち場」で誰よりも長く一流であり続ける

金本選手はヘビー級に転向せず、ジュニアという持ち場で14年以上も頂点を争い続けました。派手な立場替えより、一つの土俵を極め切ることの強さ。

サラリーマンも同じです。私は運送会社の営業という持ち場で、地味な顧客フォローをコツコツ続けてきました。花形部署への異動を狙うより、今いる場所で誰よりも長く一流でいるほうが、結局は信用も役職もついてくる。金本選手のキャリアはそれを証明しています。

② 「やりたくない役」を引き受けて、脱いだ後に強くなる

金本選手は「本当はやりたくなかった」3代目タイガーマスクを引き受け、結果を残し、脱いだ後にもっと深いレスラーになりました。

サラリーマンにも「やりたくない役回り」を頼まれる瞬間が必ず来ます。私自身、赤字部門の建て直しを任された時は心から逃げたかった。でも、嫌な役を引き受けた経験こそ、後の自分を作る。誰もやりたがらない案件を引き受けてきた経験値が、今の自分を支えています。

③ 派手さより一徹——地道に続ける者が勝つ

金本選手のスタイルは、派手な空中殺法より地道な蹴りと関節技の積み重ね。トレンドに振り回されず「自分のスタイルを貫く」姿勢は、ジュニアの矜持そのものでした。

これは資産形成にもそっくり当てはまります。派手な短期売買ではなく、地味な積立を淡々と続ける人だけが、定年後に余裕を手にする。私はiDeCoも検討しましたが、新NISAの制度が拡充された今は新NISA一本に絞って、毎月コツコツ積み立てています。金本選手のアンクルホールドと同じで、地味でも効く方法を「極める」のが結局いちばん強い。

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技全体を俯瞰したい人へ

🔥 2026年現在の金本浩二選手

「金本浩二って今どうしてるの?」という疑問に、最新情報でお答えします。

2026年7月時点で、金本浩二選手は引退しておらず、フリーとして現役を続けています。新日本プロレスを離れてからは10年以上フリーで活動し、YouTubeでも試合や情報を発信中。59歳になった今もリングに上がっています。

直近では、2026年5月に神戸のプロレスバーでの大会に参戦し、引退を発表した盟友・天山広吉さんや、4代目タイガーマスクへの思いを語りました。同世代のレジェンドたちが次々と現役を退く中で、金本選手はまだ喧嘩番長のまま闘い続けている。この息の長さこそ、金本浩二選手という選手の真骨頂です。

❓ 金本浩二選手に関するよくある質問

Q1. 金本浩二選手の身長は?

公表プロフィールでは180cm・80kg。ジュニアヘビー級としては体重が軽い部類で、細身の体からは想像できないほど蹴りが重く、関節技も強烈でした。

Q2. 金本浩二選手の代表的な必殺技は?

フィニッシャーはアンクルホールド(足首固め)。ほかにタイガー・スープレックス・ホールドファルコン・アロー、重い蹴り技が持ち味です。そして芸術品と呼びたくなるほど美しいフロントスープレックスも、ファンの語り草になっています。

Q3. 金本浩二選手はなぜ3代目タイガーマスクを脱いだの?

アクロバット主体のタイガーマスクのスタイルと、蹴り・関節技を軸とする自分のスタイルが合わず、怪我も重なったため。本人も後に「本当はやりたくなかった」と語っています。脱マスク後に「喧嘩番長」として本領を発揮しました。

Q4. 金本浩二選手とライガーの関係は?

同じ新日本ジュニアの象徴どうしで、当初は激しく対立するライバル関係。3代目タイガー時代のデビュー戦では金本選手がライガーを破っています。後に「禁断のタッグ」を結成し、IWGPジュニアタッグ王座も獲得しました。

Q5. 金本浩二選手は現在も現役ですか?

はい。2026年7月時点で引退はしておらず、フリーとして現役を続けながらYouTubeでも発信しています。59歳の現在もリングに上がっています。

✅ まとめ|金本浩二選手という生き様

金本浩二選手は、体格でも肩書きでもなく「闘志と持続力」で頂点を争い続けたプロレスラーです。

「本当はやりたくなかった」3代目タイガーマスクを背負い、脱いだ後は喧嘩番長として素顔で覚醒。田中稔との名タッグ、アンクルホールド、IWGPジュニア5度戴冠、BEST OF THE SUPER Jr.3度制覇。そして59歳の今もフリーで現役を続けている。どれをとっても、ジュニアヘビー級の歴史に太字で刻まれる名前です。

プロレスは体が大きい者が勝つとは限らない。技術・スピード・そして折れない心。金本浩二選手はその全てをリング上で体現しました。私にプロレスの面白さを教えてくれた原点の一人です。まだ映像で観たことがない人は、ぜひ喧嘩番長の闘いを確かめてみてください。マイペースにいきましょう🐄

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📚 参考・出典(4件)

本記事は、以下の公式サイト・データベースなどを参考に作成しています(2026年7月時点で確認)。

記載内容に明らかな誤りがあれば、お問い合わせフォームよりご指摘ください。

📺 闘魂列伝シリーズ 第2回。それでは、また次回。営業部長のウッシでした。


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